研究課題
アルツハイマー病(Alzheimer’s disease; AD)の中核となる病理は、アミロイドβ(Aβ)・タウ蛋白の異常蓄積であり、これらは神経変性につながる主要因子である。本疾患における現行の治療薬はこれらの因子の制御ではなく対症療法の域に留まっている。従って、本疾患の病因と病態関連シグナルを明らかにし、病態に即した革新的治療法を開拓するための基盤整備が必要である。AD脳の老人斑に集簇するグリア細胞の一種であるミクログリアは、Aβクリアランスや神経炎症に寄与し、ADの病態に関与することが注目されている。このような背景から、本研究ではi)ヒト早期AD病理脳、各種ADマウスのグリア細胞における共通遺伝子発現プロファイルの作成と解析およびii)AD患者脳およびADマウスのグリア細胞にて共通して変動していた因子CB2を介した炎症反応調節機構とAβクリアランスへの影響について解析を行う。今年度はi)においてはヒト早期AD病理脳、APP knock-in(App-KI;アミロイド病理を呈する)、rTg4510(タウ病理および神経細胞死を呈する)マウスのミクログリアにおいて遺伝子発現比較解析からヘパリン結合性EGF様増殖因子(Hbegf)が同定された。このHBEGFタンパクを活性化培養ミクログリアへ添加した際にTNF-αやCxcl10など炎症性サイトカインの発現上昇を抑制する傾向があった。さらに、ii)においてはApp-KIマウスに対してCB2の作動薬であるJWH133を連続飲水投与後に磁気細胞抽出法により各種グリア細胞を抽出して炎症性サイトカインの発現量を細胞特異的に解析した結果、活性化アストロサイトの誘導因子であるミクログリアのC1qやアストロサイトにおいては活性化マーカーのH-2dおよびPsmb8の発現の低下などグリア細胞の活性化が抑制されていることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
「AD患者脳、各種ADマウスのグリア細胞における共通遺伝子発現プロファイルの作成と解析」については、比較解析から新たなAD治療標的の候補となる分子を絞り込むことができたため。さらに、「CB2を介した炎症反応調節機構とAβクリアランスへの影響」については炎症性サイトカインや活性化マーカーの発現量を細胞特異的に解析することで目標としてきた「CB2を介した炎症反応調節」を明らかにすることができたため。
今後は「AD病理脳、各種ADマウスのグリア細胞における共通遺伝子発現プロファイルの作成と解析」については、各ADモデルのミクログリアから抽出した遺伝子変動プロファイルとAD病理脳を用いて作製した遺伝子変動プロファイルを比較解析し、同定されたHbegfをはじめとする治療候補分子について培養グリア細胞やApp-KIマウスを用いて神経炎症抑制機能や認知機能への影響について解析を進め、新たなAD治療標的としての妥当性を解析する予定である。また、「CB2を介した炎症反応調節機構とAβクリアランスへの影響」については引き続き5ヶ月齢のAPP-KIマウスにJWH133の連続飲水投与を実施し、空間記憶に関する行動解析や情動・運動など神経精神性副作用の解析を行う。さらに、行動解析後のマウス脳サンプルについて神経変性突起の発現変化やシナプス関連分子の発現変化、Aβクリアランスについては組織免疫染色法やウエスタンブロット、ELISAを用いて解析する予定である。
物品費については所属研究室において試薬等を共有することでき、想定よりも支出が少なかったため。旅費については学会のほとんどがWeb開催であったことから次年度使用額が生じた。次年度では認知機能解析の追加実験や組織学的解析を実施するため、次年度用額を用いる予定である。また、旅費については今年度のコロナの状態にも依存するが、現地開催・ハイブリット開催の場合に次年度使用額を用いる予定である。
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The FASEB Journal
巻: 35 ページ: e21688
10.1096/fj.202100137R