研究課題
本研究では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の運動ニューロン選択的変性の原因解明を目標に、解剖学的な特徴である長大な軸索に着目し、解析している。昨年度までに、ALS原因遺伝子TARDBPの変異をもつALS患者から人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立し、分化誘導した変異運動ニューロンの突起伸長が抑制されることを確認した。さらに、RNAシークエンスにより変異運動ニューロン軸索で発現が低下している新規病態関連因子PHOX2Bを見出し、その発現抑制で健常者運動ニューロンの突起伸長抑制が再現され、動物モデルでも、脊髄軸索長低下や運動機能も低下した。PHOX2Bは、ALSで発症後長期まで保たれる動眼神経や自律神経において発現が高く、変異運動ニューロンの選択的変性に関わる可能性が考えられる。本年度は、上記の新しい知見をStem Cell Reportsに報告し(Mitsuzawa, et al. Stem Cell Reports 2021)、国際学会で発表した(PACTALS 2021 Nagoya; ICCSR 2021 Tokyo; 32nd International Symposium on ALS/MND)。さらに、PHOX2Bの下流に位置する標的因子の同定を目的として、PHOX2B発現抑制神経細胞のRNAシークエンスを行ったが優位な変動を示す遺伝子群は検出されなかった。ニューロン内ではPHOX2Bは厳格に制御されていることが示唆され、外的介入によらない解析方法として、PHOX2Bを多く含みALSで保たれる自律神経と運動ニューロンと間でRNA発現量の比較を行うこととした。既報告を基にiPS細胞を自律神経への分化誘導を行い、誘導効率などの評価を行った。次年度は、iPS細胞を自律神経への分化誘導し、RNAシークエンスからPHOX2B下流標的遺伝子の同定を試みる。
2: おおむね順調に進展している
申請書内の「(3)本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか」に記載した実験計画の項目のうち、「3.1 ヒトiPS細胞アイソジェニックラインを用いた新規病態関連因子X(=PHOX2B)の再現性の確認」「3.3 in vivoでの新規病態関連因子X(=PHOX2B)の過剰発現・発現抑制実験」については、概要に記載したように、昨年度までに実験を完了し、オープンアクセス誌Stem Cell Reportsに報告した。「3.2 in vitroでの新規病態関連因子X(=PHOX2B)の過剰発現実験」に関して、iPS由来運動ニューロンにGFPタグ付きPHOX2Bを発現するレンチウイルスベクターを感染させることで過剰発現を試みた。PHOX2B-GFP容量依存的に発現が上昇する一方で内因性のPHOX2Bの発現が減少しており、運動ニューロン内のPHOX2B総発現量を増やすことは困難であった。さらに、PHOX2B下流標的因子の検索のために、神経芽細胞腫由来細胞を用いたPHOX2B発現抑制細胞のRNAシークエンスを行ったが、優位な変動を示す遺伝子群は検出されなかった。以上から、ニューロン内ではPHOX2Bは厳格に制御されており、PHOX2Bの下流標的因子の特定には、過剰発現や発現抑制実験のみでは不十分と考えた。PHOX2Bを多く含みALSで発症後期まで保たれる自律神経と運動ニューロンとの比較で下流標的因子の候補を見出すことで、運動ニューロン選択的変性に繋がるPHOX2Bの下流標的因子へ近づけると考え、自律神経の分化誘導を行い誘導後の細胞の評価を行った。
今後は、PHOX2Bがどのように運動ニューロン変性を来すかの解明を目標に、転写因子PHOX2Bの下流の標的因子の同定を行い、下流標的因子への治療として介入可能性を検討したい。上述のように、患者iPS細胞をALS進行期にも比較的保たれる自律神経などへ分化誘導しRNAシークエンスにより自律神経と運動ニューロンとの間で発現パターンを比較検討することで、PHOX2Bの下流標的因子の検索を行う。自律神経への分化誘導は、細胞が増殖せず、実験に使用できない状況が続いていたが、参考にした論文の著者に問い合わせをし、プロトコールの修正と、PHOX2Bプロモーター下にeGFPを発現するレポーター細胞であるPHOX2B::eGFP細胞の供与をうけ、現在、分化誘導後の細胞の特異マーカー発現の評価を行い、本実験への準備を進めている。PHOX2B下流標的遺伝子の評価として、RNAやタンパクの発現量比較を行う。また、転写調節領域を特定し、レポーター・アッセイで発現調節を明らかにする。さらに、PHOX2Bと運動ニューロン脆弱性をつなぐPHOX2Bの下流標的因子が軸索でどのように働いているかを確認するために、Puromycinで新規翻訳タンパクを標識し、免疫沈降サンプルを用いたプロテオーム解析を実施する。翻訳量に差が出るタンパクおよびタンパク複合体を特定し、PHOX2Bの下流標的因子のタンパクレベルでの発現や働きを明らかにする。
申請時の計画として、次年度以降も本研究を継続するため。使用計画として、①自律神経や感覚神経などの運動ニューロン以外の神経細胞への分化誘導、②運動ニューロンと運動ニューロン以外の神経細胞の軸索におけるRNA発現比較、③新規病態関連因子PHOX2Bの下流候補のRNA発現やタンパク発現量解析を行う。また、PHOX2B標的遺伝子の転写調節領域を特定し、レポーター・アッセイで発現調節を明らかにする。上記実験計画遂行のために、iPS細胞を含めた細胞の維持、分化誘導に必要な培地、小分子などを購入する。またRNAシークエンスやそのデータ解析、タンパク発現量解析に必要な試薬を購入する。
タイトル:筋萎縮性側索硬化症(ALS)の新しい病態関連候補因子を発見 -患者由来iPS細胞を用いた運動ニューロン選択的変性のメカニズム解明へ期待-
すべて 2021 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 3件) 備考 (1件)
Stem Cell Reports.
巻: 16 ページ: 1527-1541
10.1016/j.stemcr.2021.04.021.
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/05/press20210528-01-als.html