正常圧水頭症は、80歳以上の5.9%に発症すると言われるとてもありふれた疾患であるにも拘わらず、その病態生理は依然として不明である。正常圧水頭症の症状として、認知症・歩行障害・尿失禁の3つの主症状の他に、抑うつ状態や無関心といった精神症状を生じることが知られている。我々は、CFAP43遺伝子の機能喪失性変異が正常圧水頭症の原因となることを2019年に国際誌に報告した。その中で、CFAP43遺伝子ノックアウトマウスにおいて精巣・気管支・側脳室などの繊毛構造異常を来し、その結果、水頭症の発症につながることを示した。この研究の発端となった家系内で変異を有する者が精神症状を高率で発症していたことから、髄液の灌流異常が精神症状の一因となる可能性が示唆された。本研究では、CFAP43遺伝子ノックアウトマウスの髄液クリアランス能(グリンパティックシステム)を評価することにより、正常圧水頭症の精神症状が生じるメカニズムを解明し、精神疾患に対する新たな診断・治療法の開発への臨床応用を目指した。 本研究計画では、まずCFAP43遺伝子ノックアウトマウスの脳室拡大の継時的変化を測定するために、CFAP43遺伝子ノックアウトマウスを十分量繁殖させることを試みたが、ノックアウトマウスの妊娠率の低さと表現系の重篤さのため解析に必要な十分な頭数を繁殖させる事が困難であった。ごく少数ではあるが、出生および生存し、成体まで成長することのできたノックアウトマウスが取得できたため、それらの生存したノックアウトマウスを用いて表現系の解析を試みた。組織学的解析や遺伝子発現解析等を行なったが、個体ごと、もしくは細胞ごとの表現系のheterogeneityのため、遺伝子の機能喪失から細胞もしくは個体の表現系に繋がる生物学的なrobustな知見を得ることは叶わなかった。
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