本研究では、「ストレス誘発性海馬BMP4シグナル経路の活性化が、精神疾患の一つである不安障害の発症メカニズムに関与するのか?」をテーマとして設定した。不安障害には、感情制御を担っている海馬神経機能障害がかかわっているとされている。しかし、その分子メカニズムは未解明な点が多い。本テーマでは海馬神経の成長・分化に対して抑制的に作用するBMP4に注目して研究を行った。しかし、これまで用いていた不安モデル動物の海馬において、BMP4およびそのシグナル経路の構成因子であるSmad1/5/9の増加が認められず、残念ながら、これまで予備的研究結果の再現性が取れない結果となった。また、本テーマは海馬BMP4が、不安障害を含む精神疾患の発症因子である炎症反応を惹起するのか、という仮説検証も行った。上述のとおり、海馬BMP4シグナルに関しては変化がみられなかったが、炎症反応に関しては、炎症マーカーであるNLRP3の増加が認められた。 この炎症反応を引き起こしている新たな因子を探索するために、モデル動物の海馬サンプルを用いてマイクロアレイを行った。その結果、オキシトシンがその候補の一つとして検出された。オキシトシンが不安症状に与える影響について検証したところ、オキシトシン中濃度 (0.1 mg/kg)では抗不安作用を発揮するが、低濃度 (0.01 mg/kg)と高濃度 (1.0 mg/kg)は逆に不安を惹起するという結果が得られた。 オキシトシンの抗不安作用と炎症反応の関係を示す報告は近年増えてきており、また、オキシトシンはストレス刺激により分泌されることから精神疾患との関連が注目されている。本研究結果は、短期間ストレスによるオキシトシン分泌 (中濃度)は不安を軽減する作用を持つが、長期ストレスによる高濃度オキシトシンは逆に不安障害を発症させる可能性を示している。
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