当初の本研究の目的は陽子線照射後に生体内で起こる細胞応答、生体反応を経時的に観察することで、陽子線治療独自の最適な線量分割法開発につなげることであった。一方で、自施設にて超高線量率照射(いわゆるFLASH照射)と呼ばれる照射法を用いた照射実験を行うための環境が整ったことから、ショウジョウバエに対するFLASH照射実験を優先的に行うこととした。 昨年度までの陽子線FLASH実験では、まず、野生型ショウジョウバエ(Oregon-R)の処女雌に対する照射実験を行い、その第一世代子孫(F1)の蛹化率・羽化率、羽化後の単位時間当たり活動量を評価した。その結果、通常線量率照射群とFLASH照射群の間では有意な差は見られず、FLASH照射の防護効果は確認できなかった。さらに、三齢幼虫に対する照射実験を行い、照射後個体の遺伝子発現レベルの網羅的解析を行った。その結果、照射から2時間後時点において、通常線量率照射群とFLASH照射群の間で、多くの遺伝子発現パターンは類似しているものの、いくつかの特定遺伝子において発現量の違いが生じることが確認できた。ここまでの実験結果について国内学会で口演発表を行った。 本年度は、さらに詳細な検討を行うため各種アッセイと解析を委託する方針とし、まずは照射後のショウジョウバエの形態観察と運動機能測定のアッセイを試みた。通常線量率照射により、照射後個体の器官(複眼、羽、剛毛、脚)に形態異常が起こることが確認できたが、輸送時の環境変化などによる照射後個体の状態悪化により、運動機能測定に十分な個体数が確保できず、運動機能測定のアッセイは実施することが出来なかった。FLASH照射実験においても同様な結果となり、施設間輸送の際の条件設定などが今後の課題であると考えられた。
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