放射線ばく露に伴う生物学的応答の重要な指標は細胞死であり、その標的は遺伝物質DNAである。生涯に渡り全ての末梢血球を供給する造血幹/前駆細胞は放射線に高い感受性を示すが、細胞死より低い線量で分化・増殖能を喪失する。これには、一般的な放射線誘発細胞死とは異なる作用機序が考えられる。即ち、放射線損傷からの細胞回復のボトルネックは情報(DNA)ではなく機能(プロテオーム)であるのかもしれない.そこで本研究では、放射線感受性である造血幹/前駆細胞の多分化能を評価指標に、放射線誘発タンパク質損傷が多分化能や細胞死にどのように関与するのか検討し、線量応答と感受性の機序解明に繋げることを目的とする。 令和5年度までの結果を総合的に考えると、造血幹/前駆細胞は照射後12時間以内にクローン増殖能が大きく減少し、酸化損傷タンパク質やDNA損傷頻度、遺伝子発現やタンパク質発現に変化がみられることが明らかになった。これらに基づくと、クローン増殖能喪失には、少なくとも一部では幾つかのタンパク質の酸化損傷や炎症の惹起、さらに細胞老化や抗酸化機能が関与していると考えられる。これらの詳細については、今後のさらなる研究が望まれるところではあるが、それらに関与するタンパク質を標的することが、高線量放射線ばく露後の造血再構成に有用であるかもしれない。本研究の成果は、造血機能の個体差感受性の評価に有用であると共に、被ばく医療や放射線治療の個別化へ応用発展が期待される。
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