IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)は乳頭状増殖と豊富な粘液産生による嚢胞状構造を特徴とするが、これらの形態学的な特性や浸潤癌への進展に関わる機構は未解明である。本研究では、変異型GNASを有する患者由来細胞を用いて、ゲノム編集によりGNAS野性型亜株を得て実験に用いた。はじめに変異型GNASは、CREB及び VASPのリン酸化を誘導し、古典的PKA経路を活性化することを確認した。オルガノイド培養や免疫不全マウスへの移植腫瘍では、GNAS変異型細胞は粘液貯留を反映した泡状に膨らんだ構造を呈するのに対し、野生型亜株は充実性の集塊を形成した。また、GNAS野生型亜株は腫瘍能や浸潤能がより高かった。続いて、変異型GNASによる細胞浸潤能抑制の機構を探るためRNA-seqを行ったところ、KRAS経路に対する抑制作用の存在が示された。GNAS変異型細胞では、ERKのリン酸化やβカテニンの核内発現が野生型亜株に比較して亢進しており、同変異がERKやWntシグナル活性化においてKRASと相乗的に働くことが示唆された。一方で、GNAS野生型亜株ではGNAS変異型細胞に比較しNotch intercellular domain(NICD)の核内発現が顕著に増加することを確認した。GNAS変異型細胞をPKA阻害剤で処理すると、NICDの発現は回復し、さらに細胞浸潤能の上昇が確認された。以上の実験結果から、変異型GNASはNotchの抑制を介してKRAS経路にブレーキをかけ、がん遺伝子でありながら腫瘍抑制的な機能的側面を有すると考えられた。このことは、GNAS経路を標的とする薬物治療の開発において留意すべき点と考えられる。
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