研究課題
多発性骨髄腫(multiple myeloma;以下MM)は免疫グロブリン産生細胞である形質細胞が腫瘍化した血液悪性腫瘍であり、CD38を高発現している。近年、抗CD38モノクローナル抗体薬であるダラツムマブ(daratumumab;以下DARA)が臨床導入され治療成績は著しく向上したが、いずれDARAに耐性化し再発する。DARA耐性化の機序としてMM側の因子と免疫環境側の因子が報告されており、MM側の因子としてCD38の発現量低下や補体制御タンパク(CD55、CD59)の上昇などが報告されているが(Nijhof IS. Blood 2016)、大規模な報告は認めず、詳細な耐性化の機序の解明が望まれている。申請者は、骨髄微小環境中のストローマ細胞から産生されるインターロイキン-6(以下、IL-6)がMM細胞のCD38の発現低下を誘導しDARA抵抗性と関わることを発見し、2020年度に誌上発表した。現在、MM細胞におけるDARA耐性獲得の機序をさらに多角的・包括的に解明することで、DARA耐性化を誘導せずDARAの効果を最大限引き出す併用療法を確立すること、DARA耐性獲得後の新たな治療標的を見出すことを目的とし研究を進めている。特にDARA耐性獲得前後のMM細胞のトランスクリプトーム解析を行うべくDARA耐性前後のMM患者サンプルを収集している。また、MM患者のフローサイトメトリによるCD38の発現強度解析により、CD38の発現が患者ごとに多様性があり治療効果との関連を考察している。さらに、CD38発現と相関する遺伝子の同定を行い、CD38の発現はリソソーム、小胞体でのタンパク処理、スプライソソーム、ユビキチン化を介するタンパク分解と関わる遺伝子群と正相関もしくは逆相関を示すことを明らかにした。今後は臨床応用可能な知見を得ることができるよう解析を進めていく。
2: おおむね順調に進展している
①東海大学医学部付属病院において過去3年間に施行したMM患者のフローサイトメトリ解析の結果を後方視的に解析し、CD38の発現強度および発現パターン解析を行った。MM細胞のCD38の発現強度は一般に非常に高い傾向があったが、患者によっては発現が非常に低い症例、複数のクラスターを形成する症例や、低発現から高発現にわたり広く分布する症例など様々なパターンが散見されることを発見し、患者骨髄内でMM細胞の不均一性が存在することが明らかになった。②申請者はこれまでにCRISPR-Cas9ノックアウトスクリーニングを応用し、IL-6により誘導されるCD38発現低下に関わる因子の抽出を行い、JAK-STAT3経路の活性化がCD38発現低下に関わる重要な因子であることを同定した。さらにJAK阻害薬がCD38の発現を増加させDARAによる治療効果を増強することを報告した(Ogiya D. Blood. 2020)。今回上記スクリーニングにより同定された個々の遺伝子をノックアウトすることにより検証を行ったところ、CD38の発現に弱い影響はあるもののSTAT3と比較するとその程度は弱く、やはりSTAT3がCD38の発現と関わる重要な因子であることを確認できた。③新規発症MM患者を対象とした過去の大規模な臨床試験(3試験)における遺伝子発現の公共データベース(GSE4581、GSE15695、GSE19784)を用いて、CD38の発現と相関関係を示す遺伝子を抽出し、パスウェイ解析とGO解析を行った。CD38発現と正相関を示す遺伝子群はリソソーム、小胞体でのタンパク処理と関わり、逆相関を示す遺伝子群はスプライソソーム、ユビキチン化を介するタンパク分解と関わることが明らかとなった。
MM患者のフローサイトメトリ解析により、MM細胞のCD38発現の不均一性を示すことができたため、今後はその不均一性とDARAによる治療効果との関連について解析を進めていく。CD38は細胞外酵素として、小胞体からのカルシウムの動員に関わるサイクリックADPリボースの産生に関わる。カルシウムはセカンドメッセンジャーとして様々な細胞内のシグナル経路で重要な働きをもっているため、CD38陰性化によりDARAに耐性化した場合、細胞内でダイナミックな変化が起きている可能性がある。既にCD38をノックアウトした複数のMM細胞株を作製したため、今後はCD38陽性細胞と陰性細胞の違いに注目して研究を進める。特にMM細胞は骨髄中に存在し、骨髄微小環境中の様々な細胞と相互作用しながら生存・増殖するため、骨髄ストローマ細胞の培養上清を添加したときの細胞内シグナルの違いを解析する予定である。現在、DARA耐性前後のMM患者サンプルを収集中であり、今後サンプルが集まった段階でトランスクリプトーム解析を行う。さらに、上記の複数の手法を用いて解析を行うことで、多角的・包括的にDARA耐性に関わる因子を同定し、臨床的に意義のある治療標的の同定を目指す。
本研究は研究計画時にダラツムマブ耐性化前後の骨髄腫サンプルにおけるトランスクリプトーム解析を2020年度から2022年度の間に行うことを予定しているが、サンプルの収集状況を考慮し2021年度以降に行う予定としたため、次年度使用額が生じた。次年度ではRNAシーケンスによるトランスクリプトーム解析や治療標的の同定および阻害薬の購入を予定している。
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