糖尿病の病態を理解するうえで、インスリンを分泌する膵β細胞の機能障害の機序を解明することは重要である。申請者らは糖尿病状態において、膵β細胞の細胞内エネルギー代謝が酸化的リン酸化から解糖系へとシフトするという細胞内代謝変化に着目した検討を行ってきた。この代謝変化には、膵島におけるHIF1αと解糖系酵素PFKFB3の発現亢進が密接に関与していることを明らかとしたが、このような変化が生じる患者背景因子や、糖尿病病態への介入によりこのような変化が予防ないし是正しうるかは不明であった。 本申請課題において日本人ヒト剖検膵検体を用いた横断的検討を行い、2型糖尿病病態下で膵β細胞のPFKFB3発現が亢進していること、そしてこのPFKFB3の発現亢進には膵β細胞量・アミロイド沈着・膵の線維化が関連することを明らかとした。次にラット由来膵β細胞株ならびにC57BL/6Jマウスの単離膵島を用いた解析により、高ブドウ糖環境が解糖系酵素PFKFB3の発現上昇を介した解糖系代謝への変化を惹起し、ブドウ糖濃度を低下させることによりこの変化が是正されることを明らかとした。さらに肥満糖尿病モデル動物を用いて週数別に膵島の代謝変化を、Western Blot法ならびに膵切片の免疫染色により検討したところ、体重と血糖値の上昇とともに同様の代謝変化が進行し、摂餌制限やSGLT2阻害薬の投与といった体重や血糖値への治療的介入により、この変化が部分的に是正されることを明らかとした。さらにストレプトゾトシン投与による糖尿病モデルマウスでも同様に膵島のPFKFB3発現亢進が認められること、ならびに本モデルマウスへのPFKFB3阻害薬の投与は血糖コントロールを改善させないことを示した。 今後は糖尿病膵β細胞におけるPFKFB3発現の本質的な意義の解明のため、遺伝子改変モデル動物を用いた解析を予定している。
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