学習記憶の神経機構の解明は神経行動学、神経心理学分野において重要課題の一つである。急速な高齢化が進む昨今においては、認知機能低下の予防や改善をもたらす新しいアプローチが求められている。植物から哺乳類まで多種多様な生物で保存されているメラトニンは、哺乳類において概日リズムの調整に関わるだけでなく、学習記憶に影響を及ぼすことが報告されている。我々はメラトニンとその代謝産物AMKに着目し、AMKに強力な学習記憶増強作用があることを報告してきた。本研究では、メラトニンおよびAMKの学習記憶に与える詳細な作用の解析と機序の解明を目的とし、①内因性のAMKが学習記憶に与える影響、②多様な学習試験系における作用の検証、③機序に関係するシグナル経路の探索を行った。結果、AMKの分泌量が高まる夜間においてメラトニンからAMKへの代謝を阻害すると、学習記憶能力が昼間の水準まで低下したことから、内因性のAMKが学習記憶の形成を調整していることが示唆された。また、これまで効果が確認されていた物体認識記憶だけでなく、空間記憶および作業記憶の試験系においてもメラトニンおよびAMKは学習記憶能力を増強したことから、多様な種類の記憶における有用性が示唆された。さらに、この増強作用は老齢マウスにおいても確認されたことから、認知機能低下を伴う疾患の治療への応用が期待される。作用機序を調べた結果では、AMKがERKとCaMKⅡの活性化を介して長期記憶形成に重要なCREBの発現を促進していることが示唆された。今後、認知機能低下の改善を目的としたAMKのヒトへの利用に向けて、昼行性動物における検証や安全性についての評価が求められるとともに、より詳細な機序の解明が必要である。
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