胎盤から分離したヒト羊膜上皮細胞(human amniotic epithelial cells: hAEC)はin vitroで培養を始めると直ちにTGF-β依存性の上皮間葉転換(epithelial mesenchymal transition: EMT)を起こす。TGF-βのType Iレセプター(ALK5)選択的阻害剤であるSB-431542を用いてEMTを抑制すると、hAEC特有の上皮様形態を維持したまま細胞を培養することができる。RNA-seqを用いた網羅的トランスクリプトーム解析により、TGF-β依存性EMTを起こしたhAECは三胚葉への分化を示唆する遺伝子が優位に発現する一方、TGF-β依存性EMTを抑制したhAECは多能性を示唆する遺伝子発現が優位であることを見出した。免疫染色、蛋白発現解析や細胞表面糖鎖解析等を合わせ「TGF-β依存性EMTを抑制することによりhAECの多能性が保持される」ことを示し、報告はStem Cell Reviews and Reportsにて出版された。 哺乳類における他の多能性幹細胞においても、EMTが起こるにつれて細胞の多能性が失われるという報告があり、上記はそれに一致する結果であった。しかしながら、TGF-β経路がhAECの多能性/分化に与える影響は直接的か否かさらなる解析が必要と考えられた。代表者はトランスクリプトーム解析の結果から、TGF-β依存性EMTを抑制した細胞群でTraf2- and Nck- interacting kinase(TNIK)のmRNA発現が有意に誘導されていることを発見した。TNIKはWnt経路の重要な促進因子であることから、hAECにおける多能性/分化制御の一連のプロセスにはWnt経路の介在がある可能性が示唆され、胎盤由来幹細胞の運命決定に関する次なる研究に繋がる知見を得た。
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