研究課題/領域番号 |
20K17635
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研究機関 | 地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター(臨床研究所) |
研究代表者 |
項 慧慧 地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター(臨床研究所), 臨床研究所, 技師・研究員 (80869793)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 大腸がん / 転移性肝がん / 肝転移 / アルギナーゼ / 樹状細胞 / キラーT細胞 |
研究実績の概要 |
がんの再発・転移の制御は、がん疾患の克服において、非常に重要な課題の一つである。アルギナーセは尿素回路に関連する酵素の一つで、アルギニンを分解し、L-オルニチンや尿素の生成・代謝に関与することが知られている。また腫瘍微小環境において、アルギナーゼの活性化を介したアルギニンの枯渇により、抗腫瘍エフェクター細胞が機能不全となり、腫瘍形成を促進することも報告されている。そこで本研究では、担がん生体でのアルギナーゼの活性化に着目し、大腸がんの肝転移巣形成におけるアルギナーゼの関与を明らかにすることにより、大腸がんの転移巣形成を制御する新たな標的としての有用性を示した。 マウス大腸がん細胞株を野生型マウスの脾臓内に移植し、肝臓に転移巣を形成するモデルを作出し、アルギナーゼ阻害剤を投与したところ、肝臓における転移巣形成が著しく抑制されることが分かった。また、腫瘍内に浸潤している各種免疫担当細胞を解析した結果、成熟型樹状細胞の浸潤とエフェクターメモリータイプのCD8陽性キラーT細胞の集積を認めた。さらに、腫瘍内浸潤CD8陽性キラーT細胞を精査した結果、パーフォリンおよびグランザイムBなどの細胞傷害性分子の細胞内発現レベルがアルギナーゼ阻害剤投与群で高値であることを確認した。公開データベースを活用し、大腸がん患者の非がん部大腸組織、原発巣腫瘍組織、肝転移巣腫瘍組織におけるアルギナーゼー1の発現と病性の関係を検討した結果、大腸がん組織は隣接する非がん部組織に比べてアルギナーゼ1タンパク質の発現レベルが亢進していること、アルギナーゼ1は、ステージII期の患者で有意に過剰発現し、III期やIV期の患者でも過剰発現する傾向があることが明らかとなった。 以上の研究成果から、担がん生体におけるアルギナーゼ活性化の阻害は大腸がんの肝転移巣形成を制御する新規治療標的として期待できると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、はじめに蛍光タンパクを導入したマウス大腸がんCT26細胞株を樹立し、これを野生型BALB/cマウスの脾臓内に移植し、肝臓において転移巣を形成するモデルを作出した。この大腸がん肝転移巣形成モデルマウスに対して、アルギナーゼ1阻害剤を投与し、肝転移巣形成に及ぼす作用効果について、in vivoイメージングシステムにより、解析・評価したところ、肝臓における転移巣形成が、アルギナーゼ-1阻害剤の投与により著しく抑制された。また、肝臓の腫瘍内に浸潤している各種免疫担当細胞について、フローサイトメトリーにより解析した結果、有意にCD11c(High)I-Ad(High)の成熟型樹状細胞およびエフェクターメモリータイプのCD8陽性キラーT細胞の集積がアルギナーゼ1阻害剤の投与により高値となった。さらに、腫瘍内浸潤CD8陽性キラーT細胞を細胞内染色法により精査した結果、パーフォリンおよびグランザイムBなどの細胞傷害性分子の細胞内発現レベルがアルギナーゼ阻害剤投与群で高値であることを確認した。 CPTACデータベースを活用し、大腸がん患者の非がん部大腸組織、原発巣腫瘍組織、肝転移巣腫瘍組織におけるアルギナーゼー1の発現と病性の関係を検討した結果、大腸がん組織は隣接する非がん部組織に比べてアルギナーゼ-1タンパク質の発現レベルが亢進していること、アルギナーゼ-1は、ステージII期の患者で有意に過剰発現し、III期やIV期の患者でも過剰発現する傾向があることを認めた。また、GEOのRNA-seqデータセットを解析したところ、肝転移巣の腫瘍組織では原発巣に比べてアルギナーゼー1遺伝子の発現レベルが有意に高いことが判明した。 以上の研究成果から、今後、アルギナーゼ活性化の阻害による抗腫瘍メカニズムを明らかにすることで、大腸がんの肝転移巣形成を制御する科学的エビデンスの蓄積が期待できると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度までに得られた研究成果を基軸に、今後、アルギナーゼを標的とした、大腸がん治療の有効性とその作用メカニズムの解明を行なう。具体的には、本研究で作出した大腸がんの肝転移巣形成モデルにおいて抗腫瘍効果の認められたアルギナーゼ1阻害剤の投与ルート、投与量の調節による治療方法の最適化、毒性の確認を行う。またアルギナーゼ下流関連分子の発現レベルおよびそれらの生体内動態を検証する。 また、In vitro細胞培養系により、ヒト大腸がん細胞株あるいは各種免疫担当細胞に対してアルギナーゼ阻害剤を添加した際の作用効果および下流関連分子の発現挙動を確認する。ヒト大腸がん細胞株を免疫不全マウスの脾臓に移植し、肝転移巣を形成させるヒト化マウスモデルを作出し、アルギナーゼ阻害剤投与による治療効果を検証する。 さらに今年度に引き続き、ヒト臨床検体を蓄積し、アルギナーゼ1およびその下流関連分子と大腸がん患者の病勢や予後との相関関係を詳細に検証する。また大腸がん腫瘍組織および血液検体を使用し、実際にアルギナーゼ1およびその下流関連分子について、被験者のがんの状態を解析・評価することができる新規バイオマーカーとしての探索を行い、大腸がん患者の治療の選択、判断基準に有用であることを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度の研究計画において実施を予定していた大腸がん肝転移巣形成マウスモデルを使用した解析・評価において必要となる、海外メーカーからの試薬の納期、納品が大幅に遅延したことから、本モデルを安定して作出する条件を確立するまでに、予定を超える期間を要した。また、当初計画していた学会発表および意見交換のための出張がweb開催され、出張することなしに実施できたため、次年度に繰り越すこととなった。 次年度使用計画: 現在、大腸がん肝転移巣形成マウスモデルの解析・評価において必要となる試薬について、別メーカーの製品でも同様な作用効果、データが得られており、当初の計画内容に変更はなく、前年度の研究費も含め、大腸がん肝転移巣形成マウスモデルを導入した実験計画を実施する。また現段階で、当初計画していた本研究成果の学会発表および意見交換を実施する。
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