研究課題
がん細胞における代謝は正常細胞と異なることが知られており、がん細胞はその代謝経路をリモデリングしていると考えられている。中でもアミノ酸は広範な代謝経路に関与するためfocused metabolomicsの対象として有用であるとされ、近年がん患者と健常者の血中アミノ酸濃度を測定し比較することでがんスクリーニング検査が開発され、その結果はがん種毎に特異的な変化を示すことが分かってきた。通常、難治癌である膵癌患者の栄養状態は不良であり、amino acid malnutritionであるとされる一方で、膵癌患者の血中セリン濃度が高値であることが報告されており、アミノ酸の中でも特にこのセリンに着目した。セリンは非必須アミノ酸の一種で、取り込み以外に生合成経路が存在する。解糖系から分岐するセリン生合成系酵素のタンパク発現レベルと予後との関連はこれまで複数のがん種で報告が散見されるが、解糖系からセリン生合成へ代謝シフトが起こる分子メカニズムは明らかでない。本研究では膵癌においてはセリン生合成酵素の一つであるPHGDH高発現症例が予後不良であり、高発現症例の血中セリン濃度が高値であることを明らかにした。また増殖能の維持のためにセリン生合成を亢進させるメカニズムとして、既知の機序以外に、DNAメチル化というエピジェネティックな機序が関与していることも明らかにした。さらにin vitroでの検証を、マウスを用いたin vivoでも検証し、セリン欠乏食が膵癌に対して抗腫瘍効果を持つ可能性を示した。これらの研究で得られた結果を総合すると、今後の膵癌に対する個別化医療への発展や、新たな予後予測因子の創出につながり、臨床的意義は大きいと考えられる。
2: おおむね順調に進展している
●膵癌におけるセリン生合成の意義の解明膵癌切除検体を用いてPHGDHの免疫染色を行い、PHGDH高発現群は予後不良であることを見出した。また前向きに膵癌患者の術前採血を収集し、PHGDHの発現レベルとの相関を検証したところ、癌部でのPHGDH高発現症例において、血中セリン濃度が高い傾向にあることが明らかになった。癌部での生合成の亢進が血中濃度に影響を与えている可能性を示唆する結果となった。●PHGDH発現誘導のメカニズムの検討複数の膵癌細胞株をセリン飢餓状態で培養したところ、多くの膵癌細胞株ではPHGDHの発現が誘導されていた。PHGDHの発現が誘導されない細胞株では、セリン飢餓状態で細胞内セリン濃度が顕著に低下し、増殖能も顕著に低下することがわかり、細胞増殖能にセリンが重要であることを明らかにしたと同時に、通常、低アミノ酸血症と知られている膵癌患者においては多くの細胞株が自らのセリン生合成を亢進していると考えられた。またPHGDH発現のkey regulatorとして知られている転写因子ATF4の、PHGDH promoter領域に存在する結合部が低メチル化であることでPHGDHの発現が誘導されていることがわかった。●In vivoモデルにおける検証セリン飢餓状態で種々の膵癌細胞株をヌードマウスに皮下移植し、セリン欠乏食とコントロール食を与える実験を行い、腫瘍重量の違いを検証した。また、sacrifice時に採取した血液中のセリン濃度をコントロール食とセリン欠乏食を与えた群で比較すると、増殖能の低下した細胞株移植マウスではセリン欠乏食群の血中セリン濃度が有意に低値であったのに対して、増殖能の低下しなかった細胞株移植マウスでは、食事による血中セリン濃度の差は認めなかった。これは切除検体における実験結果をin vivoで裏付ける一つの結果と言える。
現在論文作成を完了し、投稿準備中である。
想定していた出張旅費の支出がなかったことと、消耗品費の節約などで次年度使用が生じた。来年度交付分に合算し使用できる見込み。
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