慢性疼痛の発症には主に痛覚伝導路を有する脊髄ⅠからⅥ層の後角ニューロンの可塑性変化が関与すると考えられている。しかし脊髄Ⅹ層にもGABA、グリシンなどの痛覚伝達に関与する神経伝達物質が多く含まれており、また下行性抑制系ニューロンがⅩ層へ投射することが明らかである。我々はこれまでに、代表的な神経伝達物質であるノルアドレナリン (NA)が生理的状態における脊髄Ⅹ層の抑制性シナプス伝達を有意に活性化させることを明らかにしている (Neuroscience 2019)。つまり脊髄Ⅹ層が慢性疼痛の発症にも関与する可能性が示唆されるが、慢性疼痛時のⅩ層における変化をシナプスレベルで検討した報告はない。 本研究では、慢性疼痛発症過程で生じるシナプス可塑性変化がⅩ層においても生じているか、炎症性疼痛モデルを用いⅩ層ニューロンに対する痛覚伝達に関与する神経伝達物質であるNAの反応を免疫組織学実験および電気生理学実験により検討した。 その結果、炎症性疼痛存在下では痛み刺激により発現するリン酸化extracellular signal-regulated kinase陽性細胞数の増強をみとめ、in vivo脊髄標本からの細胞外記録による活動電位の発生頻度を増加したが、NAの投与によりそれらの反応は抑制された。またin vitroパッチクランプ記録を用いた電気生理学実験では、NAは脊髄X層の抑制性ニューロンのシナプス前終末に存在するα1A 受容体を活性化することでNAの放出を促進する、および直接シナプス後膜に存在するα2受容体を活性化し膜の過分極を生じることで、炎症性疼痛に対し鎮痛効果を発揮していることが示された。
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