Pendred症候群は難聴だけではなく、めまいの反復を半数以上に伴うが、有効な治療法がないことは課題である。本研究の目的は、SLC26A4変異のモデルマウスに対して、前庭の機能評価(傾斜試験、回転刺激検査、冷水刺激検査、ロータロッドテスト)と形態学的評価(共焦点顕微鏡、microCT)を行い、未解明の同症候群患者の平衡障害の病態を解明することである。 覚醒下におけるマウスの眼球運動を定量的に評価できる観察装置を作成して、固定台を傾けたり回転させることで前庭機能を解析した。半規管機能を反映する回転刺激による眼球運動はそれほど障害されておらず個体差が大きく、耳石器機能を反映する傾斜刺激による眼球の変位は明らかに障害されていた。また、冷水注入による温度刺激に対する眼球運動は、同じマウスでも左右で差があり、障害の程度も多彩であることが明らかになった。さらに、傾斜刺激に伴って急速性の異常眼球運動が多くみられた。 非破壊的に骨構造を明らかにしうるmicroCTを用いた耳石形態及び局在の評価を行うと球形嚢と卵形嚢の耳石の総体積は有意に減少しており、特に球形嚢においては多くのマウスで欠損していた。一方で卵形嚢で巨大耳石がみられた。しかし耳石の局在はおおむね正常位置に存在しており、CTで観察しうる大きさに限っていえば、耳石器内の耳石の移動や三半規管内の異所性耳石は観察されなかった。また、ホールマウント法による前庭の感覚細胞である有毛細胞形態の観察では、対照群と比べて不動毛の形態および細胞数に有意な差は認めず、保存されていることが判明した。 これらの観察結果から、前庭障害の病態が主に耳石形成の異常によるものであることが強く示唆され、神経細胞の障害は主因ではないことが明らかになった。モデルマウスでの前庭障害を評価する実験系が確立されたことにより他の疾患モデルマウスの評価にも応用できる。
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