最終年度では、重力空間知覚における視覚依存性と小脳の因果関連性を検証する実験を実施した。2022年度では、小脳虫部に対して、低頻度の連発経頭蓋磁気刺激(rTMS)を実施する前後で重力方向を推定する課題(Subjective visual vertical: SVV)を実施し、rTMSの効果を観察した。その結果、小脳虫部刺激条件(小脳中央部にコイルを配置)では、偽刺激(脳への刺激なし)条件に比べて重力方向推定における視覚依存性が有意に小さくなったことから、重力空間知覚における視覚前庭相互作用に対する小脳虫部の関与が示唆された。しかし、電磁界シミュレーションに基づくと、小脳虫部条件でのコイル配置では、虫部だけでなく小脳半球も強く刺激されることから、観察されたTMS効果は、半球の関与を反映している可能性も考えられた。 そこで本年度は、視覚依存性に対する小脳半球の関与を評価するため、健常成人20名を対象として、小脳右外側部にコイルを配置した条件(小脳虫部の刺激は少ない)で同様の実験を実施した。その結果、半球刺激条件では、虫部刺激条件で観察されたような視覚依存性の有意な変化は観察されなかった。この結果より、小脳虫部が視覚依存性に特異的に関与していることが示唆された。 本研究課題を通じて、1)右後頭側頭領域(特に、右中後頭回)の灰白質量は、身体軸方向知覚のパフォーマンスと相関すること、2)右中後頭回へのrTMSにより身体が傾いた際の身体軸方向知覚のパフォーマンスが変化すること、3)小脳虫部へのrTMSより重力知覚における視覚依存性が変化すること、4)その効果は小脳半球部への刺激では観察されないことが明らかとなった。これらの成果は、重力空間知覚における神経基盤の理解に寄与すると考えられる。
|