本研究では,前腕部の骨や筋,腱などをモデル化し,手関節運動や前腕筋群の筋収縮による腱部への負荷を有限要素法によって解析することで,前腕部腱鞘炎の力学的発症メカニズムを解明するための生体シミュレータの開発を目的とする.また,ヒト解剖体における軟部組織の力学試験を行うことによりシミュレーションパラメータを決定し,実際の生体内で生じる力学現象を表現可能な解剖学的筋骨格モデルの作成を狙う. 本研究で対象とした筋群は,ドケルバン病やテニス肘など,摩擦等の機械刺激により生じる炎症性疾患に大きく関与する前腕伸筋群9種とし,ヒト解剖体から採取した筋・腱部の材料特性を引張試験により評価することで,有限要素シミュレーションに適用するヤング率等のパラメータを得ている.構築した前腕部筋骨格モデルでは,手関節の掌屈・背屈・撓屈・尺屈に加え,前腕部の回内・回外を組み合わせた複合肢位と,各筋の膨張を伴う張力発揮様式を表現可能である. モデルを用いた手関節の受動運動による応力解析では,掌屈時よりも背屈時において長母指外転筋腱の最大応力が増加することが確認された.また,全ての肢位の組み合わせにおいて腱部への負荷が最大となった肢位は回外・背屈・尺屈位であることが明らかとなった.前腕伸筋群の等尺性収縮を再現したシミュレーション実験においても,収縮と共に長母指外転筋腱の負荷が増大し,ドケルバン病の炎症部位と一致することが示された.今後は,構築したモデルの詳細化を行い,さらに複雑な条件下における生体内力学現象の定量化に取り組みたいと考えている.
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