本研究課題では,地域在住高齢者の運動能力に関連または影響する近隣環境要因を同定するため,横断的および縦断的観察研究を実施した.運動能力の指標として,筋力(握力,膝伸展筋力)および身体パフォーマンス(5m歩行時間,Timed Up and Go Test)を客観的に評価した.近隣環境については,物的環境(運動施設の有無,公共交通機関へのアクセス,住居密度など)および社会環境(犯罪や交通に対する安全性)について包括的に調査した. 横断研究の結果,近隣の運動施設の有無と5m歩行時間との間に関連性を認めた.特に,比較的年齢が若く,疼痛やうつ状態のない男性高齢者といった個人的属性のもとで,近隣に運動施設があることが5m歩行時間の良好な成績と関連することが示された.また,縦断研究においては,近隣に運動施設があることは,1年後の5m歩行時間の成績を維持・向上することが明らかとなり,横断研究と一貫した結果を得た.加えて,犯罪に対する安全性が良いことは,1年後のTUGの成績を維持・向上する方向に影響することが示された. これらの結果より,運動能力の低下者(あるいはリスク者)を同定するうえで,個人的属性のみでなく,近隣環境を含めた包括的な評価が必要であると考えられた.特に,運動施設などの物的環境や,犯罪に対する安全性などの社会環境が不良な環境下に居住する高齢者においては,歩行能力の維持・向上に対する支援が一層重要である可能性があり,これらは運動プログラムの選択という観点においても有益な知見と考えられた.
|