重篤な高頻拍の不整脈は意識消失や突然死へと繋がる危険な病態である。速すぎる心拍動により心臓から十分な血液を送り出せなくなることで血圧が低下し、結果として脳血流量が減少することで意識消失を引き起こすと考えられてきた。しかし、不整脈患者から得られたこれまでのデータをもとに「高頻拍の不整脈時には血圧とは関係なく、心臓からの求心性信号が積極的に脳血流を減少させる機構が存在する」という新たな仮説をたてた。 本仮説を検証するために、麻酔下ラットを用いて心臓ペーシング中の脳血流を含む各種循環系指標を計測した。心臓ペーシングにより動脈血圧はペーシング頻度に応じて低下したが、中心静脈圧はペーシング頻度に応じて増加した。このように血圧が低下しても、頭部への血流量は比較的維持されたが、後肢への血流量は血圧低下に応じて比例的に低下した。このような全身循環応答が生じる心臓ペーシング時の脳血流応答は領域毎に反応が異なった。特に、動脈血圧が大幅に減少した際に大脳皮質領域の血流量は比較的血圧依存性に低下したが、視床下部では血管拡張がより大きく生じることで血流減少量を低減させることを発見した。詳細は未発表データも多いことから本報告書では割愛するが、求心性信号がこのような領域選択性に与える影響も確認できた。以上の結果より、不整脈により顕著な血圧低下が生じる際には、脳への求心性信号が大脳皮質などの血流量を積極的に減少させることで、生命維持に重要な視床下部の血流量維持に貢献することが示唆された。数例ではあるが、より現実的な状況である覚醒下でも同様の結果が得られている。このように高頻拍の不整脈という身体の緊急事態には、「生命維持に必要な脳幹領域への血流を優先的に確保しつつ、酸素を多く消費する大脳皮質領域の血流を低下させ“シャットダウン”状態にする」という生存戦略をとる可能性が示唆された。
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