本研究課題の目的は、系列運動学習により形成される系列運動についての記憶痕跡が脳内のどこに局在するかを立証することである。感染症蔓延により当初予定していた経頭蓋刺激実験を行う施設への出入りが制限されたことにより、実施することが難しくなった。そのため2021年度からこれまで行なってきた片手の系列運動学習を、両手の系列運動学習へと展開し、両手学習の際の記憶痕跡を検証するfMRI実験を実施する計画へ変更した。 7テスラMRI装置を用いてピアノの演奏のように両手を用いて決められた順序で指を動かす系列運動学習中の脳活動変化を検証した。結果として、これまでに片手の系列運動学習で明らかにしてきた一次運動野における学習依存的な活動上昇が、両手の系列運動を習得する上でも重要であることを明らかにした。加えて、特定の順序で動作を行うという系列に関する学習だけでなく、両手を独立して制御するという非系列的な運動学習についても、同じ左一次運動野の活動変化として表現されることが分かった。これらの結果は、一次運動野が両手と片手の系列運動学習を支える共通した神経基盤であることを意味している。 当該年度は両手と片手の運動学習で異なる神経機構について調べる実験を遂行した。運動制御の基本は両手動作であり、むしろ片手運動は運動前野を介した半球間抑制を必要とする特殊形であるという考えがある。この考えが正しければ、片手の運動学習に関する神経機構の方が両手学習よりも複雑であり、両脳半球間相互作用の学習依存的変化が必要となる。この仮説を検証するため、両手と片手の学習に伴う活動変化を直接比較する機能的MRI実験を計画し、20名分のデータ取得を完了することができた。 想定外の感染症蔓延により、当初の研究目的からの変更を余儀なくされたが、系列運動学習の神経基盤についての理解を深化させる重要な知見を得ることができたと考えている。
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