低線量・低線量率放射線被曝においては、生体内において放射線に被ばくした細胞と被ばくしていない細胞が混在すると想定される。それら状態の異なる細胞の相互作用を考慮することが低線量・低線量率放射線影響を正確に評価する上で重要である。本研究では、数理モデルにより、低線量・低線量率放射線の影響をより正確に評価するための基盤を構築する。 本年度は、複製エラーと外的要因を考慮した数理モデルの論文が出版された。このモデルでは複製エラーと外的要因によって変異が蓄積し、一定数の変異が蓄積することでがんが生じるという仮定に基づいている。発がんリスクが複製エラーによって説明できることが示唆されており、本論文では、がんの統計データを用いて、複製エラーのみで結果を説明できるかを調べた。多くのがんでは複製エラーのみを考慮することで、生物学的に妥当なパラメータ範囲で発がんリスクを説明することができた。しかし、肺がんのリスクに関しては、必要とされる変異の数が既存の知見に比べて過大であった。喫煙が肺がんリスクを高めることは知られており、外的要因として喫煙を考慮して再解析を行なった結果、発がんに必要な変異の数は先行研究と同程度の値でデータを説明することができた。このモデルは、放射線被ばくによる発がんリスクの評価につながると考えられる。 さらに、前年度から継続していた研究として、注目する細胞の種類とその細胞が相互作用する相手の細胞の種類の両方が相互作用の効果を決定するモデルに関する論文もまとめた。このモデルは放射線で損傷した細胞と無傷の細胞の2種類の細胞を想定し、相互作用によって排除されやすさが決まると仮定する。特に同じ種類の細胞同士が相互作用すると排除されにくくなる場合には、細胞プール中の総細胞数や空間構造の有無が、細胞競合が放射線による損傷の蓄積を促進するか抑制するかに定性的に影響を与えることを示した。
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