研究課題
日本海において化学トレーサーを用いて深層循環の変化を検知することは、気候変動に対する海洋循環の応答性を明らかにする上で重要である。核燃料再処理施設由来の長寿命放射性ヨウ素(I-129)は海洋で安定である点から、海洋循環トレーサーとして適している。本研究は、地球温暖化に対する日本海深層循環の応答性を検知するためにI-129を用いて日本海底層水の動態を把握することを目的とした。日本海におけるI-129の水平・深度分布を広域的に調査し、底層水中I-129の経年変化に着目した。2017-2019年の研究航海において、日本海盆と大和海盆で、鉛直方向に水深3500mと3000mまで採水し、海水中I-129を計測した。日本海における表層水中I-129は17.8-25.1 nBq/Lの間で分布した。対馬海流の起源の1つである黒潮海水のI-129は15.1-16.2 nBq/Lと低かった。東シナ海と日本海におけるI-129は、塩分と負の相関関係にあった。観測した表層水中のI-129は、主に東シナ海からの黒潮系海水を含む対馬海流と高緯度からのリマン海流に由来する水塊の混合によって決まり、両者の混合に関する情報を得ることができると考えられる。日本海盆における底層水のI-129は、平均値で4.0±0.5 nBq/L(2017年)、4.1±0.4 nBq/L(2018年)、及び3.7±0.3 nBq/L(2019年)であり誤差範囲内で一致した。一方、大和海盆における底層水(水深2,400 m以深)のI-129は、平均値で5.0±0.6 nBq/L(2018年)と4.9±0.4 nBq/L(2019年)であり、日本海盆と比べて高かった。2017-2019年において、両海盆における底層水中のI-129濃度に有意な経年変化が認められなかったことから、日本海の底層水循環が停滞している可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
日本海側のI-129沈着量は、冬季モンスーンの影響で高くなり、高緯度地域でより高かったこと、及び表層海水中のI-129は、高緯度海域で高く、対馬海峡から黒潮海水の流入によって低くなることを明らかにした。また、2017-2019年において、日本海盆と大和海盆における底層水中のI-129濃度を計測した結果、少なくともこの期間において優位な経年変化が無いことを明らかにした。今後更なる海洋観測を実施する際に、今回得られた2017-2019年における底層水中I-129濃度を基準として、日本海底層水の動態を評価できると期待される。
2022年度は、2010年と2020年に日本海盆と大和海盆にで採取された底層水について、これまで実施できなかったI-129の分析を行い、2010年と2017-2020年におけるI-129濃度の変化を評価する。I-129濃度に有意な差が認められた場合、I-129を深層循環トレーサーとして2010年から2017-2020年にかけての底層水の滞留時間を推定する予定である。併せて、人類の核活動が実施される前(1950年以前)の海水中のI-129濃度を基準に、近年までの日本海底層水中のI-129濃度の増加分を評価する予定である。得られた結果を国内外学会等で発表すると共に、学術論文として公表する。
2021年度は、コロナ禍の影響により、筑波大学静電加速器施設の利用(I-129)に関する出張が一部中止になった為、次年度使用額が生じた。I-129測定前処理の迅速化を図る為の物品購入に使用する。
すべて 2021
すべて 雑誌論文 (4件) (うちオープンアクセス 3件、 査読あり 1件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 8件)
UTTAC ANNUAL REPORT 2020
巻: UTTAC-90 ページ: 20-20
巻: UTTAC-90 ページ: 21-22
巻: UTTAC-90 ページ: 23-23
Progress in Oceanography
巻: 195 ページ: 102587
10.1016/j.pocean.2021.102587