本研究は歩行者集団において個々で行われている予期と集団的な秩序化の関係を探るための実験系を考案することを主たる目的の一つとしている。本年度は歩行者間の相互の予期をより詳細に検証に向けて、中規模の歩行者集団がすれ違って歩く実験を行い分析した。この実験は昨年度までに得られた研究結果から新たに生じた問いに応えようとするものである。昨年度までに本研究によって集団内の少数の歩行者の視覚的注意を逸らし予期の認知的能力に介入することで、集団の秩序形成が遅延し、全体としての流量が低下することが明らかになった。さらに、注意を逸らされた歩行者だけでなくその周りの歩行者も歩行中の衝突回避が困難になることが明らかになった。そして両方の結果を合わせると、歩行者が一方だけではなくお互いに予期することで集団全体としての秩序化が促進されていることが示された。ただし、なぜ注意を逸らされていない歩行者まで衝突回避が困難になったかについては追加検証が必要であった。また、集団の組織化のスムーズさは注意を逸らされた歩行者それ自身というよりも、その周囲の歩行者の意思決定により強く影響を受けることが示唆されたが、この点についてもより詳細な検証が必要であった。昨年度行った実験はこれらの問いに答えるものになっており、その結果の一部をまとめた論文はiScienceに出版された。本年度は、以上の集団内における相互作用と最小規模の相互作用を繋ぐ中規模の相互作用の検証をおこなった。その結果、方向選好性などエレメンタルな相互作用で陽に現れる特性が中規模(従ってそれ以上の大きさの集団)における相互作用では潜在することが明らかになった。その結果は現在論文としてまとめている。
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