研究課題/領域番号 |
20K20169
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
重松 大輝 大阪大学, 基礎工学研究科, 助教 (50775765)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 分子動力学法 / リン脂質二重膜 / 破断 / 微小孔 / 引張 / せん断流れ |
研究実績の概要 |
本研究では,外傷性脳損傷のメカニズム解明のため,力学的負荷が分子スケールでどのように細胞の損傷につながるのかを明らかにすることを目的としている.令和2年度では,哺乳類の脳神経細胞と体細胞一般のリン脂質分子組成を反映した多種混合リン脂質二重膜モデルをそれぞれ構築した.そして,それらの2つの系と単一種からなるリン脂質二重膜モデルのそれぞれに対して引張を与えた分子動力学シミュレーションを行った.その結果,単一種モデル,脳神経細胞膜モデル,体細胞膜モデルの順で孔が形成しにくいことを明らかにした.また,引張速さの増加に伴い,脳神経細胞膜モデルと体細胞膜モデル間の差が小さくなることも明らかになった. 上述の引張による力学的負荷に加えて,せん断流れ下での膜の挙動についても,単一種のリン脂質分子からなる膜モデルを対象にして,分子動力学シミュレーションと線形安定性解析を用いて明らかにした.ある臨界せん断速度を越えると,膜のうねりの振幅が局所的に増大し,膜が不安定になり,最終的に膜が破断した.また,取り扱う系が大きいほど,臨界せん断速度は減少した.この系サイズ依存性は薄膜の線形安定性解析で説明できることを示し,分子動力学計算で用いるnmスケールの系から得た結果をもとに,細胞スケール(μm)では不安定化を起こすのにどの程度のせん断速度が必要かを議論した.これらの結果は学会で発表するとともに,論文にまとめ,令和2年度に国際学術誌Physical Review Eに掲載された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,(i)細胞膜の損傷および(ii)血管内皮細胞のタイトジャンクションの崩壊の分子レベルでの機序を明らかにする,(iii) (i)(ii)の構造変化が物質の透過性に与える影響を見積もることをターゲットにしている.令和2年度では,「研究実績の概要」で言及した通り,(i)細胞膜の損傷に関して,脳神経細胞膜モデルを構築し,引張シミュレーションを行うことで膜の力学的な強度を分子レベルで明らかにした.また,引張だけでなく,せん断流れ下での膜の安定性に関しても,その手法と結果を解釈するための理論を整備し,学術論文としてまとめ,国際雑誌に掲載された.以上のことから,本研究は「おおむね順調に進展している」といえる.
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今後の研究の推進方策 |
令和3年度では,令和2年度に引き続き,脳神経細胞膜モデルを用いて,その力学的な安定性を明らかにする.特に,形成された微小孔の拡大・縮小の時定数を算出するとともにせん断流れ下での膜の安定性と膜の組成の関係を明らかにする.また,血管内皮細胞のタイトジャンクションの崩壊の分子レベルでの機序についても明らかにする.血液脳関門の要は密に接続した血管内皮細胞である.クローディン(Cldn)などの膜タンパクが2つの細胞間で接続することで,細胞膜同士が密着し,傍細胞経路での物質透過が制限される.ここでは,Cldnによって接続した2枚のリン脂質二重膜(膜-Cldn-Cldn-膜系)に力学的負荷を与えた際の接続状態の変化をMDシミュレーションから明らかにする.まず,全原子モデルを用いたMD計算から,Cldn-膜,Cldn-Cldnの接続関係の力学的特性を定量化する.その後,全原子モデルの結果と比較しつつ,Cldnの粗視化モデルを作成する.Cldnの特徴を適切に再現する粗視化モデルを用いて,膜-Cldn-Cldn-膜系を構築し,様々な方向・速度で引張・せん断を与え,力学的負荷とCldnの構造変化・膜間隙の変化の関係を定量化する.
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ感染症の流行により,参加予定であった国内外の学会が中止またはオンライン開催となり,その参加費や旅費として予定していた金額が次年度使用となった.これらは数値計算を行うための大型計算機使用金として当初計画していた金額に上乗せして用いる.これにより,より詳細な解析を行えるようになり,研究内容がより深化すると考える.
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