本研究の主題は、「ホットキャリアから放出された高エネルギーフォノンが低エネルギー熱フォノンに分解し、エネルギーが拡散(散逸)するより速く、そのエネルギーを電子エネルギーに再変換する」というものである。その時間スケールは1 ー 100 psであり、MOSトランジスタのスイッチング時間と同程度である。したがって本研究では、このような高速な電子系―格子系エネルギー変換のための二つの基幹技術を構築することが大きな目標の一つとなる。 これまでに、電子流体効果をシリコンにおいてはじめて観測し、フォノンによるエネルギー散逸を避けて電流増幅が可能であることを示し、電子流体効果が、電流経路における摩擦(抵抗)により律速されていることを明らかにしている。これらの結果は、電子―格子系エネルギー変換において、電子―電子散乱が本質的に重要な役割を担っていることを示す結果である。また、あらたにシリコンのナノデバイスにおいて、弾道電子の直接観測に成功したことを受け、本年度は、昨年度より継続しているデバイス試作を完了し、良好な基本特性を確認した。 極低温において、シリコン2次元電子系の金属絶縁体転移をゲート制御できることを示した。この結果は、シリコンMOS電子系のエネルギー散逸における電子間相互作用効果を研究する新たな手法を提供する可能性を秘めている。また、界面におけるエネルギー散逸過程を調べる過程で、電気的電子スピン共鳴法により、ドーパント原子を検出できることを見出した。さらに、シリコンエサキダイオードにおいて、0.3Kにおいて光学、および音響フォノンの放出現象の観測に加え、あらたにゼロバイアス異常を観測し、これがポーラロン効果であることを示唆する結果を得た。これはこれまで未観測であったシリコン電子系-格子系の多体効果であり、今後新たな電子系-格子系エネルギー変換技術へと発展していくことが期待される。
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