研究課題/領域番号 |
20K20297
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
石井 則行 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 生命工学領域, 主任研究員 (10261174)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | エキソソーム / エクソソーム / 生体分子 / 細胞外小胞 / ナノコロイド / 透過型電子顕微鏡 / 動的光散乱 |
研究実績の概要 |
エキソソーム/エクソソーム(exosome)に代表される細胞外小胞(extracellular vesicles: EVs)は、細胞間情報伝達の重要なメディエーターであり、認識が益々高まっている。EVsは、多くの生理的・病理的プロセスにおいて重要な役割を担っており、その機能から、疾患の新規バイオマーカーや治療薬開発、特異的薬剤送達システムへの応用等、再生医療からも大きな期待が寄せられている。しかし、興味深いことに、EVsの機能形成に支配的な細胞および分子メカニズムやエキソソームの包括的理解は、このナノスサイズのヘテロなメッセンジャーを扱う上で、既存の現行技術では極めて力不足であることが認識された。新規に適切な極限分解能を実現可能な分析・計測技術を開発し実装していく必要がある。 我々は、エキソソームが生体ナノコロイドであることに逸早く気づき、凝集、膜融合等の変性条件から逆説的にインタクトな形状/状態での分画調製条件を確立することを最優先に改良を進めてきた。また、ナノスケールの形状観察に優れた透過型電顕法を基幹に解析を進め、その過程で、操作性に優れた電顕観察試料グリッド作成用に補助ツールを考案した。更なる改良を加え、特許出願した(特願2021-173124)。また、無染色で凍結固定可能なクライオ電顕法は、言を俟たず、ナノサイズのエキソソームの形状解析に有望であるが、調製方法や共存成分に起因する課題も確認できた。調製画分のチェックに、より簡便な重金属塩による負染色法に改良を加え最適化することができた。また、分離技術の普及を目指し、超遠心分離をコア技術とする調製法(特許6853983)をより簡素化へと検討を進め、上述の既存技術の限界を突破するべく、限外ろ過濃縮等々、種々の類似方法を勘考し、検証を進めた。その過程で、EVsを構成する生体膜の堅牢性に関する重要な発見があった。今後、EVsの調製方法をリバイスする予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
エキソソームはナノサイズのヘテロな複雑系である。現行/既存の技術水準を超えたチャレンジングな対象であるが、その生物機能の解明には、生体ナノコロイド粒子として捉えたことは有効であった。形状・大きさ(構造)に着目し、インタクトな形状・状態に保持可能な安定化条件を見出し、技術の橋渡しの観点から、普及可能な技術様態へと改良することを進め、その再現性と効率性を透過型電顕法および動的光散乱法により検証した。クライオ電顕法による解析を試みたところ、修正/改良した分画調製法からの膜小胞の生体膜に物理的応力負荷の影響と思われる形状変化が確認された。また、脱ショ糖が不十分であるとコントラストが得られ難く、高次の形状・構造情報が殆ど描出できないことが分かった。溶液環境を操作すると、吸着等によるロスが多く、困難を極めた。 2021年度は新型コロナの第4波と共に始まり、東京オリ・パラの頃には第5波、2022年を迎えた頃から変異オミクロン株による市中感染が増え、第6波へと移行し、2020年度と同様、新型コロナ感染症対策に終始した1年であった。その間、政府や地方自治体から発出された緊急事態宣言や蔓延防止措置等(度重なる延長)を受け、所属研究機関では、長期に亘って感染症対策を講じた勤務体制(出勤率抑制、テレワーク)にあった。計画していた実験(準備や外部機関での実験等も含む)が極めて流動的なものとなってしまった。また、世界規模でのパンデミックのため、実験に必要な物資(試薬や消耗品類)の海外からの入荷・調達が困難な期間が長く続いた。 また、病態細胞からのエキソソーム産生実験を、肝がん細胞株HepG2を用いて開始したが、これまでのHEK-293FT細胞に比べ増殖速度が遅く、また培養液組成の条件変化に感受性が高く培養に手間を要した。 これらを客観的に総合評価し、「やや遅れている」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
電子顕微鏡法では観察対象を直接、実像として確認できる利点はあるが、電顕試料グリッドの作成や顕微鏡操作の面で専門的高度な技術の習得、修練が必要とされる。また、近年、クライオ電子顕微鏡法において素晴らしい技術革新があり、結晶化(配向制御)を必要とせず、分散状態で高分解能の形状(構造)解析が可能となってきた。 一方で、所属研究機関では「スペース利活用計画」により、老朽化建屋の廃止が進められており、昨年度で共用電顕室が廃止となった。それに伴い、これまで本研究でも利用してきた生物系試料の観察に適した電界放射型電子銃を搭載したクライオ電顕(FEI Tecnai F20)が廃棄処分となった。「百聞は一見に如かず」というように当該電顕のこれまでの本研究課題への貢献度は計り知れない。現況下、コロナ禍も重なり、最早、電顕観察が自由にできる実験環境にはないが、ポジティブ思考に気持ちを切り替え、できる実験を急ぐ。 一方で、国際細胞外小胞学会(International Society for Extracellular Vesicles)は2018年にEVs研究のガイドライン改訂版を発表している。ナノサイズのヘテロなメッセンジャーを扱う上で、既存の調製・分析技術では対処困難であり、容易く包括的な理解に至れるとはとても言い難い状況にあることの表れと言えよう。EVsの細胞内および細胞間の移動に関する理解において、各国の研究者間で意見の一致をみる領域と論争の的となっている問題等について論点を整理し、研究者間の知識のギャップを理解しつつ、既報データを尊重し、認め合う方向で配慮し、エキソソームの真の共通理解へとつなげるよう貢献したい。主要な問題と克服すべき技術的課題を特定し、それらに対処する方法等について提言できるように、これまでに蓄積した実験データの評価/分析を加速し、努めて成果発信を急ぐ。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度は4月の新型コロナの第4波、東京オリ・パラ開催の頃からの第5波、そして、2022年を迎えて、変異株のオミクロン株による市中感染が増えて第6波へと推移し、2020年度に続き、新型コロナ感染症対策に終始した1年であった。その間、政府や地方自治体から発出された緊急事態宣言や蔓延防止措置等を受け、期間延長もあり、所属研究機関では、長期に亘って感染症対策の勤務体制(出勤率抑制、テレワーク等)が講じられた。そのため、年度当初に計画した実験(外部機関での実験も含む)は、極めて流動的なものとなってしまった。 また、長期に亘る世界規模でのパンデミックのため、昨年度に増して細胞生化学実験で必要な物資(試薬類、消耗品類)の流通が滞っており、調達請求を起案しても品薄であったり、国内在庫切れ、海外からの入荷待ち(入荷未定)となっていたり等、研究計画に沿った調達(納品)が極めて困難な期間が長く続いた。上記理由により当該助成金の次年度使用が生じた。 感染力が増強したオミクロン株の変異株(BA.2、XE系統等)の感染者も報告され始めており、今後は、定期的にワクチン接種を継続しなければならないようでもあり、無症状であっても後遺症が発症するとも聞く。予断を許さない状況は続く様相であり、感染症対策、社会・経済の状況にも注意を払いつつ、研究を前に進めるべく柔軟に計画を修正し、適切な予算執行に心掛ける。
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