研究課題/領域番号 |
17H06272
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 川崎医科大学 |
研究代表者 |
毛利 聡 川崎医科大学, 医学部, 教授 (00294413)
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研究分担者 |
塚田 孝祐 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 准教授 (00351883)
花島 章 川崎医科大学, 医学部, 助教 (70572981)
橋本 謙 川崎医科大学, 医学部, 講師 (80341080)
氏原 嘉洋 川崎医科大学, 医学部, 助教 (80610021)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2022-03-31
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キーワード | 胎児循環 / 低酸素 / 心筋細胞 / 分裂能 / コネクチン / Novex-3 / 胎児ヘモグロビン / 胎盤 |
研究実績の概要 |
再生医療の実現を目指して多能性を持つES細胞やiPS細胞から様々な細胞への分化誘導の研究が精力的に進められている。出生直後に分裂能を失い心筋梗塞などの疾病発症後にも増殖しない心筋細胞は再生医療のニーズの高い有望なターゲットとして注目され、より高い分化・純度を求めて多くの誘導因子が報告されているが、現時点で実用に耐える十分な分化、つまり成人ヒト心筋細胞と同等の機能を果たすことが出来る心筋細胞の創出は実現していない。そこで本研究では、細胞分裂と分化が行われる胎内環境を制御する胎児循環に着目し、遺伝子調節を含めた細胞分化プロセスを生体システムとして捉えた階層的解明を提案する。胎児循環は母体から胎児に酸素や身体を構成する基質を輸送する一過的な循環システムであるが、最も酸素分圧が高い臍帯静脈で~25mmHg、低い臍帯動脈では~20mmHgと大差ない低酸素濃度の血液が循環しており、胎児循環の目的は母体側の酸素変化に対する胎児側の安定した低酸素環境維持であると考えた。そして、出生後肺呼吸の開始による酸素分圧上昇と一致して心筋細胞は分裂能を失い分化の方向に進むが、我々はこの酸素分圧変化が心筋細胞の分裂から分化へ向かうシグナルであると考え、出生前後の心筋分裂能に影響する因子を検索して心筋細胞の伸びやすさを規定するコネクチンというバネ分子のNovex-3というアイソフォームが関与することを明らかにした。Novex-3は胎児期に心筋細胞の核に局在しているが、出生後に肺呼吸が始まり血液の酸素分圧が上昇すると核への局在は消失し細胞分裂も停止することがわかった。今後も我々は多彩な生体医工学的手法を用いて胎児循環に関する分子・細胞から臓器レベルまで含めた階層的・統合的な制御メカニズムの検討を行い、心筋細胞の分裂・分化制御メカニズムを明らかにして再生医療の前進に貢献したいと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
マウス胎児心臓と新生児・成体心臓を用いてマイクロアレイによる遺伝子発現の違いを検討し、候補となる分子を絞り込んだ。また、マウス胎児より心臓を摘出し、酵素処理により単離した心筋細胞を大気に曝露することなく低酸素環境を維持したまま培養し、候補分子を siRNA によって抑制することによって細胞周期関連遺伝子の発現に大きく影響する分子を更に絞り込んだ。その結果、Novex-3という心筋細胞の伸展性を規定する巨大なバネ分子:コネクチンのアイソフォームが候補として挙がり、胎児心筋細胞にて発現を検討したところ、核に強く局在していることが明らかになった。Novex-3が核に局在するメカニズムを検討するため、Novex-3 を4領域に分割し、GFPタンパクと結合したものをバキュロウイルスを用いて培養心筋細胞に強制発現させた。その結果、N末端にある核局在シグナルを持つ部分だけが核へと移行し、含まない3部分は細胞質のみに発現した。この核局在は in vivo では出生直後に消失し、筋節での発現には変化が無かった。培養系でも酸素曝露によって消失することを確認した。Novex-3のsiRNAによるノックダウンは、主な細胞周期促進遺伝子である Ccne2、Ccna2、Cdca5、Aurkbを強く抑制した。また、Novex-3が核に局在して細胞周期を停止させる作用について核の物理的特性について検討を行った。ガラス管を引張して作成した細径ニードルによって核を伸展させ、張力-伸展関係を得た。また、原子間力顕微鏡によって核の押し込みへの応答を計測し、両実験によってNovex-3の核局在がリン酸化を促進してラミン分解を進める事により核を柔らかくして分裂を促進させていることが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度の研究結果から、心筋細胞の分裂能維持には胎内の低酸素環境が必要であり、高濃度の酸素に曝露された際にはそれがトリガーとなって細胞分裂を停止して肥大の方向へと分化していくことが示唆された。また、培養のための心筋細胞単離操作による数時間の大気曝露でも分裂能は有意に低下することが明らかになり、胎児循環が胎児を低酸素に保つ為のシステムであるという考えを裏付けるものであった。平成30年度はこれを証明するために、妊娠マウス・ラットを用いて in vivo で血管内酸素分圧を測定出来るシステムを確立する。具体的には、レーザーによるリン光系有機色素の光化学反応を利用した生体の酸素濃度計測技術を用いて心臓の局所酸素分圧を測定する。血液中にポルフィリンを投与し計測を行うが、酸素濃度に依存して発光寿命が変化するためNd:YAGレーザーによる励起によるリン光の減衰を計測・解析することで、生体組織でガス交換を行っている毛細血管内の酸素分圧を計測することが出来る。慶応大学塚田研究室では in vivoにて予備的実験を行い、麻酔・人工呼吸下にマウス腸間膜などの細動静脈・毛細血管で酸素分圧測定が可能であることを確認したが、川崎医科大学においても同様の計測系を確立して行く予定である。また、昨年度に引き続き胎児の低酸素環境が心筋細胞の分裂能を維持する分子メカニズムの解明にも取り組む。Novex-3のノックアウトマウスや他候補遺伝子の改変マウスを作成しており、凍結による心筋障害に対する回復効果の差異を検討して再生医療のターゲットとしての可能性を検討する。
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