研究課題
肺がんの要因として,喫煙の他に都市域の大気汚染が指摘され,さらに都市域ではぜん息などの呼吸器系疾患も多い。これら疾病との関連が疑われる有害化学物質に,PM2.5に含まれる多環芳香族炭化水素(PAH)とそのニトロ体(NPAH)がある。我が国の都市域におけるPAHやNPAHを含有するPM2.5の主要発生源として,自動車の排ガス粉塵や工場の排煙などがあげられる。一方,中国の華中・華北や極東ロシアでは冬の石炭暖房からPAH,NPAHを含む大量のPM2.5が大気中に放出され,季節と場所によって自然由来の黄砂などと一緒に長距離輸送される。その結果,PAH,NPAHが輸送中に共存する黄砂との二次反応(触媒作用)によって,より強力な毒性物質に変化することも明らかになった。しかし,現行のPM2.5測定は粒子の大きさに基づく物理的方法のみが用いられており,健康影響との関連性を明らかにするには不十分である。本研究では,これまでにピレン(Pyr)と1-ニトロピレン(1-NP)を測定するだけでPM2.5及びPAH,NPAHの主要発生源の寄与率を求める画期的なNP法を開発し,更にPAHの水酸化体(OHPA)やキノン体(QPAH)等の酸化体を追跡できる方法も開発できた。一方,能登半島(輪島市西二又)と金沢市内(金沢市山科)において大気粒子状物質(TSP,PM2.5とPM2.5-10)の分別捕集を継続している。これら大気試料のPAHとNPAHを測定して,これら有害化学物質の長距離輸送を含む環日本海域の大気質の長期変動解析を継続するとともに,開発できた上述の方法を適用して主要発生源である自動車と石炭燃焼の寄与率も明らかにできた。引き続き,これらと大気中の二次反応の解明研究を継続するとともに,咳嗽症状を中心に病院通院患者を対象に継続しているアンケート調査結果を総合して,疾病との関連性を追求する。
2: おおむね順調に進展している
PM濃度: 能登半島における大気粒子状総物質(TSP捕集)の捕集を継続し,これまでの季節変動パターンと同じく,春高(最高値は毎年3月~5月),夏~秋低の推移を繰り返していることを確認したた。一方,金沢市山科(以下,金沢市)におけるPM2.5とPM2.5-10の分別捕集も継続しているが,平成29年春~30年春までの期間では,春に黄砂の飛来に起因して一時的にPM2.5とPM2.5-10が同時に上昇した(相関係数0.6714)。PAH,NPAH濃度: 能登半島の大気中PAH濃度 は,これまでの季節変動パターンと同じく,冬高夏低を繰り返し濃度の低下傾向は継続していた。一方,金沢市における上記期間の 大気中PAH及びNPAH濃度もこれまでと同様に冬高夏低の季節変動を呈した。発生源: PM中の燃焼由来(Pc)と更にPc中の自動車由来(Ph)と石炭燃焼施設由来(Pl)を計算できるNP法を金沢市の大気に適用した結果,TSPは燃焼以外の排出源由来が多く, Pcの割合は小さかった(平均1.9%)。Pcに占める自動車の寄与は10~50%で,石炭燃焼施設の寄与の方が大きく,黄砂飛来時には後者の寄与率が更に増加する傾向があった(平均78%)。また,PyrはPc及びPlとの間に強い相関性が見られた(相関係数はそれぞれ0.9000,0.9730)が,1-NPはPhとの間に強い相関性(0.9749),Pcとの間にも相関性があったが,Plとの間の相関性は弱く,Pyrとの間の相関性も弱かった。これ等の結果から,1-NPの主要発生源は金沢とその周辺の自動車あるが,PcとPyrについては,中国で石炭燃焼(冬は暖房)施設から発生して日本まで長距離輸送されるものの寄与が小さくないことが初めて明らかにできた。研究成果の一部は国際専門誌に発表済みで,さらに残りについても投稿中若しくは計画中である。
(1) PAH,NPAH分析の継続: 能登半島と金沢市で, TSP,PM2.5とPM2.5-10の分別捕集を継続し,これらの大気試料について, TSP並びにPM2.5とPM2.5-10の秤量を行い,PAH,NPAHの分析を継続する(令和2年度)。(2) 上記(1)及び過去の捕集大気試料に,開発したNP法を適用し,排出源の特定とその寄与の経年変化及び季節変動などを解析し,下記(4)に供する(令和2~3年度)。 (3) PAHOH,PAHQ分析: 前年度に引き続き,捕集大気試料について,PM,PAH,NPAHと,新規に開発した方法を用いて水酸化体(PAH OH)とキノン体(PAHQ)の定量分析を継続し,上記(2)と併せて,発生源や季節との関係を解析する(令和2~3年度)。 (4) 疫学調査結果との比較解析: 上述の大気捕集と並行して,既に実施している金沢大学病院に通院する患者に対するアンケート調査を継続する。即ち,咳嗽 症状を有する患者を対象に,発症及び症状の増悪とその内訳,時期等に関するアンケートを継続する。そして,(1),(2)の結果及び各種気象因子の測定結果を合 わせて,呼吸器系疾患の発症や症状の変化とPM,PAH類の濃度と組成の関係を統計学的に解析して,その因果関係を追跡する(令和2~3年度)。 (5) 研究成果の発表: 研究成果について,国際専門誌への投稿を推進する。(6) ワークショップ/セミナーの開催: これまでに得られた研究成果を踏まえて,関連する物理,化学,薬学,環境化学及び疫学研究者を集めたワークショップの開催を企画して更なる解析の進展に活かすとともに,市民向けの公開シンポジウムを企画して本研究の成果を明らかにし,まとめに繋げる(令和2~3年度)。
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すべて 国際共同研究 (4件) 雑誌論文 (25件) (うち国際共著 13件、 査読あり 25件、 オープンアクセス 22件) 学会発表 (33件) (うち国際学会 4件、 招待講演 1件)
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