生物体中の核酸について、その窒素安定同位体比がどのような値を取り得るのか、またその値が生物体自体の窒素安定同位体比と比較してどのような関係にあるのか、といった基礎的な知見すらほとんど得られていないのが現状である。 そこで核酸の窒素安定同位体比を実現するため、生物体からの核酸抽出と、その微量試料を用いた同位体測定のための手法開発を行ってきた。様々なタイプの前処理装置と質量分析計の組み合わせを検討したが、最終的には元素分析計連結型質量分析計(EA-IRMS)を改良することで、これまでよりも微量の試料での測定手法を確立した。そこで、バクテリアを用いて、いくつかの核酸抽出キットをつかい、その性能について比較検討した。実際にはタンパク質などの除去の強度と、抽出して残り、分析に供することのできる核酸の量とのバランスを考慮する必要があり、検討は困難を極めたが、最終的に核酸精製能が高い抽出キットを選び出すことができた。抽出された核酸の窒素同位体比を改良型EA-IRMSで測定すると、バクテリア菌体の同位体比よりも約8‰低い値で安定していた。実際には嫌気的培養、好気的培養によってバクテリア菌体の窒素同位体比が変動しても、それに対応して常に約8‰低い値を取っていた。よって、この手法で核酸窒素同位体比測定が可能となり、核酸窒素同位体比からバクテリア菌体の窒素同位体比を復元することができる可能性が示された。 この発見は、たとえば古環境研究において過去の生物の食性を解析したり、環境DNA研究において、採捕することのできない生物の食性を解析したり、というような全く新たな展開をもたらすことができる可能性を持つものである。今後、基礎的な知見として重要な、様々な生物におけるバイオマスと核酸の窒素同位体比の関係を明らかにするところから展開してゆくことにより、本格的な発展が期待できると考えている。
|