研究課題
本研究では強い光・高強度テラヘルツ波パルス励起により、準粒子、集団励起、フォノンといった低エネルギー励起を強励起し、電子間相互作用の変調や準粒子分布の瞬時変化を介した量子クエンチ実験を行うことを主題としている。具体的には、超伝導と電荷密度波やスピン密度波といった多重の秩序が競合・共存する系を対象に、量子クエンチの手法を導入することで、平衡状態では発現し得ない隠れた秩序相を誘起し、非平衡準安定状態として生じる新規電子相の探索を行うことを目的としている。本年度は上記研究目的を実現するために、テラヘルツ波パルス光源の整備、中赤外パルス光源の構築を進め、高強度テラヘルツ波ポンプ-テラヘルツ波プローブ分光システム、中赤外光ポンプ-テラヘルツ波プローブ分光、光ポンプ-中赤外プローブ分光システムの立ち上げを行った。中赤外パルス光源を得るために、現有の再生増幅器を励起源とする光パラメトリック増幅器(OPA)を作成し、OPAの出力シグナル光、アイドラー光の間の差周波発生過程により近赤外から中赤外、波長16μmまでの波長可変光源を自作した。物質系としては、超伝導と電荷密度波が共存競合する遷移金属ダイカルコゲナイド3R-TaSe_2、電子ネマティック秩序が存在する鉄系超伝導体FeSe_(1-x)Te_xを対象とした。3R-TaSe_2では、テラヘルツ波パルス励起および光パルス励起どちらの場合も隠れた電荷密度波状態(HCDW)の出現を示す結果を得た。さらに同じ励起エネルギーでもテラヘルツ励起の方がより効率的にHCDWを誘起することを明らかにし、テラヘルツ波励起が光励起とは異なる機構で量子クエンチが生じていることを見出した。鉄系超伝導体FeSe_(1-x)Te_xでは光励起によって超伝導秩序が過渡的に増強する振る舞いを、中赤外光ポンプテラヘルツプローブ分光による光学伝導度の過渡測定から見出した。
1: 当初の計画以上に進展している
遷移金属ダイカルコゲナイド3R-TaSe_2における研究では、光・テラヘルツ波励起による量子クエンチにより隠れた秩序相が出現することを見出し、本研究提案の概念実証に成功した。さらに、テラヘルツ波励起と光励起との比較により、テラヘルツ波励起がより効率的な量子クエンチをもたらしていることを明らかにし、従来の光誘起相転移現象とは異なる過程で準安定状態への転移が発現している可能性を見出し、量子クエンチによる新たな物質相制御に道を拓いた。鉄系超伝導体FeSe_(1-x)Te_xにおいては、光励起により過渡的に超伝導を増強する振る舞いを見出し、超伝導の光増強に道を拓いた。本研究は、超伝導ペア形成の機構解明にも新たな知見をもたらす可能性がある。これらの成果は当初から具体的に予見できたものではなく、当初の計画以上に進展していると判断される。
まず遷移金属ダイカルコゲナイド3R-TaSe_2におけるテラヘルツ波パルス誘起量子クエンチの研究では、テラヘルツ波パルスがどのような励起を起こしているのかを明らかにし、なぜ光励起に比べてテラヘルツ波パルス励起がより効率的に隠れた準安定な秩序を誘起するのかを明らかにしていく。より高強度のテラヘルツ波パルスを用いて、準安定秩序相の体積分率の向上を図り、それが新たな電荷密度波状態なのかどうかを明らかにしていく。さらに準安定な秩序相が平衡状態の電荷密度波へと回復するダイナミクスの観測から、動的な相転移の全貌を明らかにする。超伝導秩序との相関も明らかにするため、平衡状態での超伝導転移温度3K以下での測定を進める。鉄系超伝導体では、光誘起超伝導増強を確認するために、ヒッグスモード誘起テラヘルツ第三高調波発生の実験を進める。さらに励起波長依存性をより詳しく調べ、光励起の機構を明らかにし、なぜ超電導が増強するのかを解明することで、FeSe_(1-x)Te_xにおける超伝導発現機構に迫る。
すべて 2019 2018 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (21件) (うち国際学会 5件、 招待講演 8件) 備考 (1件)
Phys. Rev. B
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http://thz.phys.s.u-tokyo.ac.jp/publications.html