研究実績の概要 |
我々の生命はたった一つの受精卵から発生する。受精卵は卵割を繰り返し、やがて胚盤胞と呼ばれる初期胚を形成する。胚盤胞は、エピブラスト、栄養膜、原始内胚葉の3つの細胞系譜からなる数10個の細胞の集団であるが、エピブラストからは主に胚が、栄養膜と原始内胚葉からは、それぞれ胎盤と卵黄嚢の主要部分が派生する。これまでにエピブラストからは胚性幹細胞(embryonic stem cell, ES細胞)が、栄養膜からは栄養膜幹細胞(trophoblast stem cell, TS細胞)が樹立されていたが、残る原始内胚葉の十分な未分化性を保持する幹細胞は報告は無かった。今回、我々は原始内胚葉幹細胞(primitive endoderm stem cell, PrES細胞)の樹立に成功した。PrES細胞はE4.5胚の形成直後の原始内胚葉の特徴を保持し、胚盤胞に注入すれば、速やかに胚の原始内胚葉に取り込まれ、高効率に卵黄嚢キメラを形成した。更に、原始内胚葉を喪失させた胚を宿主として用いれば、全ての原始内胚葉系列細胞をPrES細胞で補完し、正常な産仔を得ることが可能だった。 我々は更に、試験管内で、ES細胞、TS細胞、PrES細胞を組み合わせ、胚様構造を作製し、偽妊娠マウス子宮への移植を行い、これらが高効率に着床し、卵黄嚢に囲まれた胚様構造を形成することを示した(Ohinata et al, Science 375, 574-578 (2022))。 本研究によって、胚盤胞を構成する3種類の細胞系譜の幹細胞が揃ったこととなり、数10個の細胞の集団から我々の生命が発生する仕組みを、幹細胞間相互作用の問題として捉え、理解する研究が進展すると予想される。
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