研究課題
PD-1などのチェックポイント阻害に代表される腫瘍免疫療法は今日がん治療の大きな柱の一つとなっている。しかし抗腫瘍免疫療法が奏功する患者はまだ限られており、さらに抵抗性を獲得するがんも多い。腫瘍免疫療法の効果が低下する原因のひとつとしてT細胞の疲弊(exhaustion)があげられる。本研究はT細胞疲弊の分子メカニズムを解明し機能回復させる方法を開発するものである。疲弊T細胞はPD1, Tim3, Nr4a, SOCSなどの抑制性分子を強く発現することで刺激に対して不応答状態に陥り、腫瘍攻撃力が低下している。現在抗PD-1抗体はエフェクターを増加させる効果はあるものの、完全なT細胞疲弊を解除することはできないと考えられている。これは疲弊化T細胞はエピジェネテックな遺伝子変化によって数多くの抑制分子が発現しエフェクター分子の発現が抑制されるためで、このような状態ではPD-1のみの阻害では回復は不可能と考えられている。我々はこれまでに老化/疲弊T細胞の発生や形質に重要な役割を果たす因子として転写因子Nr4aを明らかにしている(Cancer Res 2018, Nature 2019, 567: 530-534)。またNotchシグナルによって一旦活性化されたメモリーT細胞を幹細胞メモリーT細胞(Tscm)様細胞に転換できることも見出している。Tscmは免疫記憶の根幹を担う重要なメモリーT細胞である。iTscmは抗原刺激後すばやく増幅して長命で顕著な抗腫瘍効果を示した (Nature Commun 2017, Cancer Sci 2018)。さらにミトコンドリアを中心とするATP産生代謝経路がiTscm 化に重要な役割を果たすことを見出した(Cancer Res 2020)。
1: 当初の計画以上に進展している
iTSCMのマイクロアレイ解析を行い、既存のデータベースを参照したところ、iTSCMではATR, Aurora Kb, E2F,p73, FOXM1, Plk1シグナルが亢進していた。これらのシグナル経路のうち既報の論文を参照して、最も上流に存在し、かつ発現量の高いFOXM1に着目して研究をすすめた。ミトコンドリアを中心とするATP産生代謝経路がiTscm 化に重要な役割を果たすことを見出した(Cancer Res 2020)。疲弊T細胞の発生や形質に重要な役割を果たす因子として転写因子Nr4aを明らかにした(Nature 2019, 567: 530-534)。
(1) 我々はすでにマウスにおいてはNr4a欠損CD8+T細胞ではPD-1の発現が低下するなど疲弊化が回避され強い抗腫瘍免疫応答が持続することを見いだしている。そこでヒト腫瘍浸潤T細胞(TIL)を用いてNr4aの発現を誘導する腫瘍内環境要因を明らかにする。TILは国立がんセンター中面部長より供与される。腫瘍内のNr4a欠損T細胞と通常の疲弊化T細胞の一細胞RNAseqやゲノムワイドChIPアッセイ、遺伝子発現プロファイルを比較することで疲弊化回避の分子機構を明らかにする。(2) iTscmの誘導分子機構を明らかにし疲弊T細胞をiTscm様の正常メモリーT細胞に分化転換する方法の開発を目指す。その方法として遺伝子発現解析によってiTscm化の中心となる候補遺伝子を検索する。これらの基礎研究と並行して個体から単離した疲弊T細胞からiTscmを誘導する方法の確立を行う。Notchシグナルと共に代謝関連薬剤やリプログラム化に使用されている薬剤を用いてOP9-DL1を必要としないフィーダーフリー化を行う。これによってiTscmの誘導機序を解明しヒトiTscmの応用につなげる。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (3件) (うち招待講演 3件) 産業財産権 (1件)
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