研究課題/領域番号 |
20K20474
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配分区分 | 基金 |
研究機関 | 東京医科大学 |
研究代表者 |
山田 哲司 東京医科大学, 医学部, 客員教授 (30221659)
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研究分担者 |
弘實 透 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 助教 (70594539)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 骨肉腫 / Wntシグナル / TNIK |
研究実績の概要 |
我々が開発したNCB-0846 (Masuda et al., Nature Commun., 7:12586, 2016)は、MYCの近位プロモーターに結合する転写因子TCF4のco-activatorであるTRAF2 and NCK-interacting protein kinase (TNIK)の高次構造を変化させることで、その転写共役機能を抑制するallosteric modulatorであり、MYCの発現を抑制し、その標的遺伝子群をリプログラミング(再構成)することで抗腫瘍効果を発揮することが明らかになった。
例えばNCB-0846は、iPS細胞の誘導に必須な幹細胞性因子(SOX2、NANOG、OCT4等)の発現を抑制し、逆に脂肪細胞系譜のマスター遺伝子(PPARG)の発現を誘導することで、骨肉腫細胞を脂肪細胞へ分化転換(trans-differentiation)させることが明らかになった。一方、不活性な立体異性体NCB-0970には、そのような作用は見られなかった。骨肉腫の細胞株9種のうち、7株はNCB-0846に感受性を示し、特にWntシグナル経路が活性化しているU2OSとNOS-10は高い感受性(IC50値:0.42と0.27 μM)を示した。
NOS-10細胞を移植したマウスにNCB-0846を経口投与したところ、著明な増殖抑制効果を示したのみならず、投与後に摘出した腫瘍には脂肪細胞の分化マーカーのFABP4が高発現し、組織的にも成熟脂肪組織へ広範な置換が確認され、残存腫瘍はわずかであった。臨床例においてもTNIKの活性化の指標である核移行が観察され、NCB-0846を治療薬として実用化できれば、骨肉腫の臨床に新たな局面がもたらされるもの期待された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
大腸がんのWntシグナルの抑制を目的として開発したTNIK阻害化合物NCB-0846が、広範な遺伝子転写リプログラミングによって骨肉腫細胞を脂肪細胞へ分化転換させることを本課題で明らかにした。NCB-0846による広範な遺伝子転写のリプログラミングは、スーパーエンハンサー領域のDNAメチル化やヒストンアセチル化等のエピゲノミック制御によるクロマチンリモデリングに起因すると当初考えていたが、次世代シーケンサーで網羅的な遺伝子発現解析を行ったところ、がん遺伝子MYCの転写抑制がNCB-0846の主な作用機序(Mode of Action)であることが明らかになった。この知見を治療薬として実用化するため、NCB-0846の誘導体285種をMYCの発現抑制でスクリーニングし、新たなキナゾリン誘導体を発見した。MYCは全悪性腫瘍のうち最も高頻度(14%)に遺伝子増幅するがん遺伝子であり、多くの製薬企業がその阻害薬開発を試みているが、成功したものはない。我々が発見した新規キナゾリン誘導体は低濃度でMYCの発現を完全に抑制できることから、first-in-classの新たな治療薬として実用化できる可能性が高く、当初の計画以上の成果が得られたと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
骨肉腫は、学童~青年期を中心に人口100万人あたり2-3人が発症する希少がんだが、原発性骨悪性腫瘍の中では最も頻度が高い。集学的治療の発達により、四肢に限局する骨肉腫の治療成績は改善してきているものの、転移のある症例は未だ難治で、5年生存率は20%-30%にとどまり、新規治療薬の開発に高いアンメットニーズがある。 骨肉腫には有望な治療標的分子が発見されていなかったことに加え、希少疾患で製薬企業が積極的に開発の対象としてこなかったため、今日でも古典的な化学療法が標準治療である。最近、免疫チェックポイント阻害薬の臨床試験の成績が報告されたが、骨肉腫では期待されたほどの効果は得られていない。
本課題で発見した新規キナゾリン誘導体は骨肉腫細胞に著明な増殖抑制効果を持つのみならず、脂肪細胞へ分化誘導をもたらす特徴的な作用機序を持つ化合物である。今回医薬品として実用化するため、日本医療研究開発機構の革新的がん医療実用化研究事業に応募し、令和3年度より研究開発課題「がん遺伝子MYCの転写を標的とした治療薬の開発」が採択された。First-in-classの画期的な治療薬として早期に臨床応用できることが期待されている。
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次年度使用額が生じた理由 |
NCB-0846による広範な遺伝子転写のリプログラミングは、スーパーエンハンサー領域のDNAメチル化やヒストンアセチル化等のエピゲノミック制御によるクロマチンリモデリングに起因すると当初考えていたが、次世代シーケンサー解析で主作用機序ががん遺伝子MYCの転写抑制であることが明らかになったことにより、本年度以降の研究実施計画を変更する必要が出てきた。
次年度(令和3年度)には新規に発見したキナゾリン誘導体の作用機序がMYCの転写抑制であることを抗MYC抗体を用いたクロマチン免疫沈降と次世代シーケンサーを用いたゲノム網羅的発現解析により検証する計画である。
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