研究課題/領域番号 |
20K20500
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
伊東 乾 東京大学, 大学院情報学環・学際情報学府, 准教授 (20323488)
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研究分担者 |
田中 有紀 東京大学, 東洋文化研究所, 准教授 (10632680)
呉本 尭 日本工業大学, 先進工学部, 教授 (40294657)
陳 捷 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (40318580)
石原 茂和 広島国際大学, 総合リハビリテーション学部, 教授 (90243625)
青木 直史 北海道大学, 情報科学研究院, 助教 (80322832)
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研究期間 (年度) |
2020-07-30 – 2024-03-31
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キーワード | 術数学 / 古琴 / 平均律 / 調和解析 / 非線形共鳴 / ゆらぎ / エッジ聴 / 音楽音響 |
研究実績の概要 |
西欧近代科学と独立に歴史と方法を持つ東アジア術数学と、それに基づく術数調和の詳細を、オーソドックスな文献調査、古典研究と、数理、物理、あるいは聴取の認知など、客観的な自然科学的手法、二つの異なるアプローチを併用して精査した。これにより、近代科学の盲点となっていた様々な調和現象の存在を明らかにし、定量的な精密測定の手法等を開発、実証することができた。具体的には、ヘルマン・ヘルムホルツが生理音響学を建設したそもそもの動機でありながら、1860年代以降ほぼ完全に無視されてきた、音楽音響とりわけ「和声の進行感」の解明に向けての物理/認知、双方からのアプローチを、中国の調和思想を参照しつつ21世紀の非線形解析の言葉で定式化し直し、具体的な解決が始まったこと。並行して、ヘルムホルツ以降最大の知見というべき内耳蝸牛のダイナミクスを明らかにしたジョージ・フォン・ベケシーの「エッジ聴」の精密計測法を確立し、あらゆる音響認知測定に応用可能な基礎を建設したこと、などがあげられる。とくにエッジ聴に関しては発見後約60年に亘って精密化の手法が存在しなかったが、定量評価のアプローチ法(「ソルフェージュ・サイコフィジクス」の一般的なメソードを開発した。術数調和に関する歴史的難問は数多く、これらを活用して、さらなる未解決課題に取り組む準備が今回整った。 並行して人を介さない研究課題として古琴や編鐘など歴史的発音体のダイナミクスを前提に因襲的な物理の方法と異なる観点から有機分子基礎物性にアプローチした。幸い白川英樹教授など優れた協働研究者を得、2次元電子系の量子化電流の発見など当初の予測を完全に超える成果をあげる事が出来た。これらは古典、研究、認知各分野に新たな研究可能性を拓くものであって、その融合から、さらに発展的な融合研究を計画しており、東アジア各国との渡航の再会を念頭に、継続的な研究展開を企図したい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2020年から開始した本研究は、新型コロナウイルス禍と完全に軌を一とすることになり、セキュアでソーシャルな研究環境を維持しつつ、本来の研究目的の原点に立ち返る問題設定を検討するところから開始した。その結果、古代の劉キン(?-23)から近代の朱載イク(1536-1611)にいたる中国古典術数学が、一般に知られる以上に東西交流の上に成立すること(例えば仏教における曼荼羅の幾何とヘレニズムの直接的関係)など、多様な傍証が得られ始め、遺物や図像の残る古代楽器のダイナミクスに、木材や絹糸、漆など素材の物性を含むアプローチを検討することで、従来の文献研究で見落とされてきた「ゆらぎ」に伴う非線形な引き込みの効果、初等的な「整数比」などからかなり大きくずれた音程でも濁ることなく協和する一般的な問題を解決できた。この結果、因襲的には「純正調と外れる」とされてきた朱載イクの平均律が、当時の楽器製造技術の精度で製作されるなら澄んだ響きを実現する可能性を実証的に指摘した。これは誤差評価を含む非線形共鳴の観点から見るとき、因襲的な西欧数理科学の盲点を効果的に明らかにする事実を具体例と共に示す典型例になっている。やはり東アジアの工夫である馬頭琴やヴァイオリン躯体内の魂柱は応力に伴う非線形増幅の効果を持つ。この現象の導電性高分子素材への適用を検討していた白川英樹教授との協働実験により、2次元電子系の量子化電流(LEE Step)の発見など、当初の計画以上に大きな進展が見られた。このとりまとめの時期グループ内では研究代表者を含む複数のコロナ感染者、複数回の罹患が発生し、数か月にわたって実験研究を停止せざるを得ない事態となった。研究内容が当初の計画以上に進んでいる。だがその分、取りまとめにはプロセスと時間を要することから研究期間の延長を申請した。研究自体の進捗は順調であり、結果は豊かな可能性に開かれている。
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今後の研究の推進方策 |
今期の挑戦的研究では、新型コロナウイルス禍による海外渡航不能の時期が続いたため、東アジア術数学の実証的な基礎研究でありながら東アジア各国との往復が困難であった。今後の研究推進に当たっては、中国、韓国、また台湾など東アジア各国に分散する一次資料や遺物の調査と、そこから得られた新知見に基づく大胆な仮説設定、古代数理と技術の検証とその再現、それらを通じて得られる、今日の科学技術の盲点の発見的獲得と挑戦研究の拡大を念頭に置いている。 新型コロナウイルス禍がなかった場合、本研究は北京大学、北京精華大学、ソウル大学、韓国国立民族博物館などとの密接な人的、物的、資料的交流のうえに展開する念頭であった。だが結果的にリモートの環境で国際協調を3年間進めたことで、2019年時点では想像も出来なかった新しい研究可能性の端緒を幾つも掴むことができており、それらを実現してゆく念頭である。 中国との渡航再開を前提に第一に計画しているのは湖北省随県の「曾侯乙墓」から出土した「曾侯乙編鐘」や「曾侯乙編磬」の物理的な振動計測による紀元前433年ごろの遺物が示す音響ダイナミクスと、当時の術数計算の精度の実証的な比較である。周知のとおり、特に「曾侯乙編鐘」の発見(1978)は世界に大きなインパクトを与え、編鐘や編磬の銘文などは古代術数学の貴重な第一次資料となった。反面、出土した「編鐘」そのものの物理評価は中国国内の事情を反映してか著しく立ち遅れており、博物館がレプリカを作成し、その音を公開しているものの、十分に精度の高い高サンプリング周波数、十分なビット深さの音響解析用デジタル収音がなされた形跡は資料から確認できない。研究グループは脆性が懸念される曾侯乙編鐘など歴史的遺物を強打することなく、安全に振動を与えてインパルス応答を得る手法の確立から着手、東アジア術数学史に新たな一頁を加える成果を得るべく計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度、研究代表者を含む数名のメンバーが新型コロナウイルス感染症に罹患し、隔離などを余儀なくされたため、数か月にわたって研究が進まない時期があったため、結果の追試確認や研究結果の取りまとめなどのため、期間の延長を申請した。
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