研究課題
本研究の目的は、物性実験から物理情報を抽出するため、高性能計算統計の方法論に基づく新しい解析手法を確立すること、また、その解析結果を実験にフィードバックさせた高効率な実験計画法を提案することである。この目的の達成に向けて、本年度は以下の研究を実施した。(1) X線を物質に照射した際に起こるコンプトン散乱のデータは、物質中の電子の運動量分布の情報を持っている。このデータは運動量分布を散乱軸に射影したものに対応するため、運動量分布そのものを得るには、コンピュータ画像診断法(CT)と同様の再構成が必要となる。しかし、測定で得られる情報が十分でないため、1次元データから3次元の運動量分布を再構成することは困難である。この問題に対して圧縮センシングを応用することで、新しい運動量分布再構成法を考案した。リチウム金属に対する第一原理計算データを用いた検証を行い、この新しい方法により、これまでよりも精度よく運動量分布を再構成できることを確認した。この成果は、電子のフェルミ面測定としてはそれほど応用されてこなかったコンプトン散乱の応用を広げるものである。(2) 成果(1)の方法論を実際の実験データに応用してその有用性を検証するため、実験研究者と議論を進めている。計算プログラムをより広範な実験データに応用するため、プログラムのインターフェースとマニュアルの整備を行った。(3) 角度分解光電子分光(ARPES)の実験データから計算統計の方法によって情報を抽出する新しい方法論について、前年度に引き続き議論を行った。ARPESスペクトルからバンド計算等の結果を使わずにエネルギー分散を導く「エネルギー分散決定法」の定式化について、より詳細な検証を行った。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画にはなかったコンプトン散乱データから3次元運動量分布を再構成する新しい方法論に関して、全ての検証計算データが揃い、論文投稿目前の状況である。
コンプトン散乱に関する新しい方法論に関して、実験研究者と協力して、実際の実験データに応用し、方法の有用性を検証する。角度分解光電子分光データに対する新しい方法論に関しては、検証計算に進む。
新型コロナ感染症の影響でほとんどの学会や出張が中止になったため、繰り越しの必要が生じた。繰越額は翌年度分の助成金と合わせて、出張旅費および計算機や実験消耗品の購入に充てる計画である。
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すべて 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (21件) (うち国際学会 1件、 招待講演 4件)
Physical Review B
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