研究課題
本研究は、AAVのキャプシド蛋白質に特定の受容体に対する親和性を有する環状ペプチドの内部配列を埋め込むエンジニアリングを通して、遺伝子導入効率増大と細胞特異的なデリバリーを可能にすることを目指し、以下の2つの業務項目に従って研究を進めた。(項目1)ペプチド提示型AAVによる感染トロピズム賦与の普遍性: 幹細胞のマーカーであり上皮細胞のラミニン受容体であるα6β1インテグリンとマクロファージの抑制性受容体であるSIRPαの2つに対する結合性環状ペプチド配列について、まずヒトIgG Fcにペプチドをグラフトした人工蛋白質をもちいてこれらの受容体に対する結合を調べたところ、前者についてはα6β1インテグリン強制発現細胞を、後者についてはマウスミクログリア細胞株MG6に対してそれぞれ強い結合が観察された。次にSIRPα結合ペプチドを提示するキメラAAVを作製し、MG6細胞への遺伝子導入を調べた結果、コントロールAAVに比べて数倍以上の導入効率の上昇が確認された。(項目2)非分裂細胞に対するAAV感染・遺伝子導入能の飛躍的改善:非分裂細胞である神経細胞、筋細胞、肝細胞などに対するAAVの感染効率をブーストし、現状より遙かに低いタイターのウイルスで遺伝子導入を達成することを目指し、まず本年度はこれらの細胞に特異的に発現する受容体に対するペプチド配列の取得を行った。具体的には神経栄養因子BDNFの受容体であるTrkB、筋細胞でアセチルコリン受容体の集積に関わるMuSKキナーゼ、そして肝細胞増殖因子HGFの受容体Metならびに肝細胞表面のアシアロ糖蛋白質受容体(ASGR)に対する結合ペプチドを探索し、それぞれについて高親和性の環状ペプチドを単離し、しかもそれらが蛋白質表面にグラフト可能であることを確認した。
2: おおむね順調に進展している
項目1については、α6β1インテグリンを内因性に高発現する細胞株が入手できなかったため、SIRPα結合ペプチドについて主に取り組んだ。その結果、マウスミクログリア細胞株MG6においてSIRPα依存的な感染と遺伝子導入を達成した。よって目的である普遍性の確認は一定程度進んだと言える。ただし、オリジナルのAAVの感染能を破壊する戦略を採っているこの項目では、遺伝子導入の絶対的強度が野生型AAVに比して低く、将来の実用化に対して不安要素となっている。項目2については3種類の組織に存在する標的に対してペプチドの取得に成功し、しかもそれらのグラフト化まで達成した。この中のMet結合性ペプチドについてはすでにAAVへの組み込みとその感染能の評価も済ませ、予想通りの遺伝子導入能の増大まで確認した。以上のことから、「概ね順調な進展」と自己評価する。
項目1については、野生型よりもトータルな感染能が落ちるという問題が顕在化したため、オリジナルのAAVの感染能を破壊する戦略を取ることは当面中断し、すべてのトライアルにおいて野生型の一部を変異体で置き換えたキメラAAVを利用する方針に変更する。この項目の主目的は本法の普遍性の確認であるので、項目2で得られた標的-ペプチドの組み合わせについての実験をこちらに移し、様々な受容体発現細胞への遺伝子導入の評価を中心にしていく予定である。項目2についてはまだAAVへのグラフトに進んでいないペプチドを順次すすめ、またマウス実験に供するためのAAVの大量調製法の確立に軸足を移していく。特に、最近えられたマウスMetに結合するペプチド配列を様々な血清型のAAVにグラフトし、最適なマウス実験のためのウイルスを同定する。
R2年度は新型コロナウイルス感染拡大により研究室の活動が制限され、本研究の進行が中断し、それによって経費の執行も遅れた。また、実験に使用する消耗品(特にPCRチューブなどプラスチック製品)の納品も非常に時間がかかり、それも研究実施の遅れにつながった。このために研究費の次年度への繰り越しが多くなった。R3年度もこれらの問題は継続しているが、改善しつつあるので、遅れを取り戻せると考える。AAV実験のためにはqPCRが必須であるが、コロナウイルス検出のためのqPCR物品の需要が世界中で逼迫し、引き続き品薄が心配されるので、これを避けるために別の原理の装置をR3年度に購入することを考えている。
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すべて 雑誌論文 (11件) (うち国際共著 2件、 査読あり 10件、 オープンアクセス 6件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件)
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