近年、脳の生理・病態生理機能が、溶質であるイオンや生理活性物質そのものに加え、それらの共通の溶媒である脳組織内の水の量や状態によって強く制御されているという概念が提唱されるようになった。しかし、脳は光を通し難く、また、水はラベルが困難なため、脳組織内における水を見て理解する可視化解析は非常に困難であった。本研究はこれらの問題を、組織透過性が高い近赤外光を用い、分子の固有振動を捉えることで可視化するラマン散乱顕微鏡を適用することで乗り越え、脳内水動態の可視化解析を図るものである。研究最終年度の本年度は、これまでに取得に成功したデータを取りまとめ論文発表すると共に、今後の更なる展開に向けた新規顕微鏡装置の開発と応用を行った。 これまでに開発に成功した誘導ラマン散乱(stimulated Raman scattering: SRS)検出系を備えたマルチモダル多光子顕微鏡システムを用い、マウスから調製した急性脳スライス内での水と溶質の挙動の解析を行った。ここから、これまで水動態の指標として使われてきた蛍光色素と異なり、水分子は脳組織内を速く拡散すること、数十秒の単位では細胞内外を問わずに拡散することなどが分かった。更に、脳組織内での色素の動きが変化する、異なる発達段階や疾患条件下においても、水の動態が変化しないということが明らかとなった。これらの結果は、脳組織内における水の動態は、色素とは全く異なる特徴を持ち、変化に対して非常に安定なものであることを示すものとなった。 更に、脳スライスでの知見を動物個体の脳へと展開するため、in vivo用多光子顕微鏡装置のSRS化に取り組んだ。これにより、実際に生きた動物の脳内の観察が実現し、動物に投与した重水が脳内に移行する様子を捉えることに成功し、今後の更なる展開の基盤の確立に成功した。
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