研究課題/領域番号 |
20K20630
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
幸田 正典 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 教授 (70192052)
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研究分担者 |
安房田 智司 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 准教授 (60569002)
吉田 将之 広島大学, 統合生命科学研究科(生), 准教授 (70253119)
十川 俊平 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 研究員 (70854107) [辞退]
川坂 健人 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 特任講師 (60908416)
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研究期間 (年度) |
2020-07-30 – 2023-03-31
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キーワード | 自己意識 / メタ認識 / メタ自己認識 / 自我 / レム・ノンレム睡眠 / 認知進化生態学 / 共感性 / 同情 |
研究実績の概要 |
2021年度は、ホンソメワケベラ(ホンソメ)の自己意識やメタ自己認知に関する検証実験を本学理学研究科の大実験室で行った。さらに、睡眠妨害がもたらす記憶障害に関する実験についても実施した。自己認識の前提として、グッピーとイトヨで、顔に基づく他者個体の識別に関する実験を行い、両種ともに顔で個体識別をすることが明らかになった。また、グッピーでは顔認識の倒立効果が、イトヨでは、複数の親しい個体を識別できる「真の個体認識(True Individual Recognition)」ができることを実験的に明らかにした。 共感性に関する実験では、シクリッドの一種で、電気刺激を受けた相手個体に対し、直後に近寄り相手に接触刺激をもたらすこと、おそらくこれは哺乳類などで観察のある「慰め」に近い行動であることが示唆されている。3年目は、この行動に相手を慰める効果があるのかを調べる。もしあれば、この擦り寄り行動は「同情」とも言える行動であり、脊椎動物の共感性に関する「常識」が一変する可能性が出てきた。 メタ認知に関して、ホンソメで鏡像自己認知(MSR)ができた個体は自分のおおよそのサイズを認識できることを示した。このこと及び本種がサイズに基づく優劣関係があることを利用し、最後に鏡を見てからモデルを見せるまでの経過時間と鏡で自分を確認する頻度をみたところ、モデル写真を見るまでの経過時間が長いほど、鏡での確認頻度も増えた。この結果はイルカの場合と同じとみなせ、魚にもメタ認知ができることを物語っている。 2年目は、ホンソメのMSRの追試実験や新たな実験証拠を示した論文をPLOS BIOLOGYから出版した。現在は、MSRの心的プロセスに関する論文の準備をほぼ終え投稿間近である。また、オンライン発表ではあるが、国際動物行動学会、国内の行動学会で多数の発表を行なった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度も概ね順調に計画は進んでいる。メタ認知やメタ自己認知の研究は予想通りの成果が得られつつある。 共感性の研究としても、カワスズメ科魚類で、あくびの研究成果が上がりつつあるし、何よりも同情とみなせそうな行為が確認されている点が大きな発見である。睡眠に関してもホンソメワケベラで、睡眠妨害が、学習や洞察行動に影響を及ぼすことが明らかになってきた。 また、小型淡水魚で顔に基づく個体識別が明らかになり、真の個体識別や顔倒立効果も明らかになった。さらに、共感性の研究では、前述したが、魚類にこれまで全く考えられていなかった「同情」と呼べる行為までが観察された。この発見は3年目に実証するが、今後画期的発見に発展する可能性がある。 また、動物が物事を理解する、つまり「わかる」ということについても、ホンソメでおおよその見当がついてきた。これも、従来の動物行動学や動物心理学では枠外の現象であり、魚類での「わかる」ことの解明は、高次認知能力の起源に迫る研究に発展する可能性が出てきた。 以上のように、概ね順調に進展していると言えるし、最終年度についながる成果が複数出てきており、全体としては、当初の計画以上の成果も見込めるかもしれない。
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今後の研究の推進方策 |
多くの課題については、予定通り進めていく。また、ホンソメの鏡像自己認知(MSR)課題から、MSRが従来考えられてきたより早いことが分かってきた。鏡を見てから30分以内には、鏡に映る顔が自分の顔だと「理解」しているのである。この短時間の間に鏡像が自分だと「わかる」のであり、この貴重な現象を対象にして、動物にとって物事を「わかる」こと、特にその精神的プロセスについて分析、解明していく。 ヒトはわかることは当たり前であるが、動物、特に鳥類や魚類を対象とした動物行動学や動物心理学では「わかる」ことはないとこれまでは暗黙に想定されており、研究対象外のことであり、全く新しい研究に発展する可能性がある。予備的観察からは、ホンソメが自分だとわかるそのプロセスは、認知的にも情動的にも、むしろヒトの「わかる」とかなり似ている可能性が出てきている。この類似性が検出検証されれば、動物の認知について、従来の捉え方とは全く異なってくる可能性がある。動物行動学や心理学とは全く別の基盤にのっとった動物認知の捉え方に発展していく可能性がある。 共感性についても同じことが言え、ヒトや類人猿、せいぜい社会性哺乳類までと見なされてきた「同情」が魚類にも見出せそうな状況である。このように、認知面と情動面の両方において、従来の常識とは全く異なり、ヒトあるいはそれに近い、もしくは脳の大きな動物に特有とみなされてきた、知性や感情が脊椎動物全体を通して共通している可能性が出てきた。この辺りを、最終年度あるいは一年延長することも視野に入れ、研究を集中的に実践していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度は、コロナ禍のためタンガニイカ湖での野外実験ができなかった。このため旅費が少なくなった。2022年度は、その分が含まれるため、執行額は増える。また、研究では大幅な成果が得られつつあり、その内容の進展を考えると、当初の3年計画を一年延長することも検討すべきであり、この辺りも含め、2022年度の執行を考えてゆきたい。
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