研究課題/領域番号 |
20K20652
|
研究機関 | 名古屋学院大学 |
研究代表者 |
近藤 良享 名古屋学院大学, スポーツ健康学部, 教授 (00153734)
|
研究分担者 |
小田 佳子 法政大学, スポーツ健康学部, 教授 (30584289)
|
研究期間 (年度) |
2020-07-30 – 2023-03-31
|
キーワード | ドーピング / CRISPR-Cas9 / 遺伝子工学 / エンハンスメント |
研究実績の概要 |
2012年に発表された遺伝子編集技術(CRISPR-Cas9)は、従来の遺伝子組換えとは質的に異なる実用可能な技術となりつつあり、特に医療レベルでの利用が進んでいる。この技術を応用する可能性が示唆される遺伝子ドーピング問題は、2003年の禁止方法への追加当時と別次元のレベルに移行した。現状で遺伝子工学の利用(治療を含む)を検出する方法が確立されていないことから、生来の遺伝子変異と後天的なCRISPR-Cas9技術を利用した遺伝子ドーピングの識別はできない。遺伝子改変の意図性が識別できない中で、スポーツ界がどのような対応をしているかについて検討した。 生来の遺伝子変異を有するアスリートの中には、非常に高い競技能力(パフォーマンス)を示す場合が認められ、その対象女子選手に対する「出場制限」が問われている。本年度は、生来の遺伝子変異に基づく特異体質の選手(高アンドロゲン血症、5αデタクターゼ欠損症など)に着目して、競技団体(WA)が採用した出場種目制限について検討した。検出不能もしくは困難で、意図的な遺伝子工学の技術を応用した選手が登場したとしても、競技団体が出場種目制限という方策を採用する可能性が示唆された。ただし、今回検討した女子選手の場合はジェンダー問題を内包していたことから、男女別競技の公平性・公正性と人権問題との対立が議論の的になった。 過去にフィンランドのスキー選手には遺伝子変異が認められ先天的に有利さを得ていたが、この選手の場合には出場が制限されなかった。同じく、イタリアの自転車競技選手やノルウェーのクロスカントリースキー選手らは医学的免除を得て競技に参加していた。その一方で特異体質とされる複数の女子選手のみが出場種目制限が課されている。男女競技別をベースとした、女子選手だけに制限を課すことは、遺伝子ドーピング問題との関連でさらに考察を進める必要があると提言した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
CRISPR-Cas9技術のスポーツ界への応用は、治療目的であればTUEによる認定の可能性はあるが、それ以外の場合は秘密裏に実施されることが予想される。オリンピック大会などに象徴される国際的な政治的利用の懸念が払拭できない状況からは、WADAによる「遺伝子治療を応用する方法」の禁止を推進し、検査技術の確立を目指すことになる。しかし、スポーツ界を含めた遺伝子工学の応用(治療やエンハンスメント)が国や地域によって異なる価値観がある現状では、今後も国際的なコンセンサスを得るための議論が不可欠であろう。 CRISPR-Cas9技術を用いた遺伝子改変は、従来の薬物などのドーピングとは異なり、オフターゲットによる事故が懸念され、遺伝子改変を復元できない可能性がある。現状において、この技術の「不可逆性」がCRISPR-Cas9技術をスポーツ選手に応用した場合の最大の悪影響と考えられる。競技能力を高めるために、人間の身体を手段化することの意味と懸念を生命倫理やスポーツ倫理の視点から議論することが求められる。 選手の心や体を操作したり、高めるエンハンスメントは、個人、スポーツ界、社会への影響を熟慮しなければならない。生命倫理の視点からは、自己決定権が原則となり、成人の決定が尊重されるだろうが、個人の選択がスポーツ界に及ぼす影響や役割モデルとしてのスポーツ選手が社会に及ぼす影響も考えなければならない。さらに、遺伝子改変が体細胞レベルに留まれば現世代だけの影響であるが、生殖細胞となれば世代間やそこから拡がる次世代への影響までも考えなければならない。生命倫理の視点からは体細胞、生殖細胞の改変それぞれの影響を考えるにとどまらず、今後の社会全体への影響までも及ぶことを視野に入れ、スポーツ界だけではなく国際的な議論によるコンセンサスやガイドラインの創設が求められる。
|
今後の研究の推進方策 |
この挑戦的研究(萌芽)の目的は、遺伝子工学を革命的に変容するゲノム編集(CRISPR-Cas9)がスポーツにおけるドーピング問題にどのような影響を与えるかを考察することであった。具体的方法として、海外研究協力者らとのネットワークによって、遺伝子編集CRISPR-Cas9技術の導入についての各国の議論を集約し、遺伝子編集技術をスポーツに応用することの影響や可能性について、生命倫理やスポーツ倫理の視点から分析することであった。 ところが、海外研究協力者らとの意見、情報交換は、コロナ禍により、所属機関の海外出張禁止措置に加え、パンデミックによる2020年、2021年の国内外の学会大会は延期、オンラインに変更され、同時に国内外への調査研究が制限される中で十分な研究成果が挙げられなかった。遺伝子工学に基づく「エンハンスメント」に対する国や地域の受容、容認度の相違がグローバルなスポーツ界へのガイドライン設定を不可能にしている。よって、研究期間を1年延期を申し出た。 過去2年間において明らかにされた点は、遺伝子ドーピングは人為的な遺伝子組換え、編集であるが、生来の遺伝子変異に基づく選手との差異は現状で検出不可能な状況にある。つまり、CRISPR-Cas9を利用したゲノム編集は人為的操作の形跡を検出することができず、特異体質と遺伝子ドーピングとの差異は区別できない。CRISPR-Cas9を利用した遺伝子ドーピングが技術的に実現性が帯びつつある中で、スポーツ界がどのような対応をすべきかが問われている。本年度に発表した生来の遺伝子変異に基づく性分化疾患とされる女子選手の「出場制限」とも関わって、今後は、「スポーツとエンハンスメント」、社会正義としての人権やジェンダー平等とスポーツ倫理の接点や交点、さらには生命倫理(との関連を積極的に検討していく必要があろう。
|
次年度使用額が生じた理由 |
この挑戦的研究(萌芽)の目的は、遺伝子工学を革命的に変容するゲノム編集(CRISPR-Cas9)がスポーツにおけるドーピング問題にどのような影響を与えるかを考察することであった。具体的方法として、海外研究協力者らとのネットワークによって、遺伝子編集CRISPR-Cas9技術の導入についての各国の議論を集約し、遺伝子編集技術をスポーツに応用することの影響や可能性について、生命倫理やスポーツ倫理の視点から分析することであった。 ところが、海外研究協力者らとの意見、情報交換(インタビュー)は、コロナ禍により所属機関の海外出張禁止措置に加え、パンデミックによる2020年、2021年の国内外の学会大会は延期、オンラインに変更され、同時に国内外への調査研究が制限される中で十分な研究成果が挙げられなかった。 現状では、遺伝子工学に基づく「エンハンスメント」に対する国や地域の受容、容認度の相違がグローバルなスポーツ界へのガイドライン設定を不可能にしている。 申請当初の研究計画がコロナ感染拡大によって十分に遂行できなかったことから、研究期間を1年延期を申し出た。
|