海外において人間形成を担ってきたキリスト教の文化圏においてさえ武道による人間形成が可能であること、デカルト以来の心身二元論の世界においてもこの武道思想が機能していたことが明らかとなった点において、学術的新規性が非常に高い。 東欧の事例において修行が進むにつれ芸道的・求道的精神性についで倫理・道徳的精神性が顕現化する、あるいは芸道的・求道的精神性の内容が深まり進化する様子は、敵と命のやり取りをした場面と時間的に近い立ち位置でこの過程・順序を追体験しているとも解され、ここには武道がそもそも殺傷性を目的とした戦いの術であったものが人間形成を目的とする教育へと深化していく過程を説明しうるものである。
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