研究課題/領域番号 |
20K20860
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
水原 啓暁 京都大学, 情報学研究科, 准教授 (30392137)
|
研究期間 (年度) |
2020-07-30 – 2023-03-31
|
キーワード | 感覚減衰 / 遠心性コピー / トップダウン / ボトムアップ / 運動予測 / 脳波 / ハイパースキャン / 社会脳 |
研究実績の概要 |
二人一組で参加した被験者の一方に痛みを感じる刺激を加えたとき,恋人同士が手をつないでいる場合には,その痛みが軽減することが最近の研究で次々に報告されている.この結果の脳メカニズムは,感覚減衰で説明可能かもしれない.感覚減衰とは,自身の行動予測により,感覚の感度が低下する現象である.例えば,他人が自分の掌をくすぐった場合にはくすぐったく感じるが,自分でくすぐった場合にはくすぐったく感じない.通常は,自分の運動を予測することで,これから入力される刺激への感度を落とすために,くすぐったく感じなくなる. くすぐり実験のようなself-initiated actionに対して感覚感度が下がる場合については,そのメカニズムの第一候補に運動指令の遠心性コピーがある.遠心性コピーは,運動を実行する際に作成される運動指令信号のフィードフォワード信号である.つまり,自分の行為のフィードバックとして刺激が入力される場合には,そのフィードバック刺激に先回りして,運動指令信号のコピーが予測信号として使われることで,感覚反応をつかさどる神経活動を抑制する.ただし,感覚減衰には遠心性コピーだけでは不十分で,これに加えて文脈に依存したトップダウン的な予測が必要とされる可能性も指摘されている. そこで本研究では,感覚減衰パラダイムを用いて,恋人とのソーシャルタッチにより感覚減衰が発生するかを検証する.特に,対人関係のトップダウン情報は,感覚モダリティを超えて初期感覚皮質に作用することが示されており,本研究では痛み刺激を直接的に用いるのではなく,異なるモダリティ(聴覚)への刺激に対する感覚減衰を検証する.感覚減衰は頭皮脳波計測により検証する.本年度までに予定していた頭皮脳波計測を完了している.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究課題では,感覚減衰が遠心性コピーや小脳による自動的な運動予測に基づいて実現されているのか,もしくは文脈依存的なトップダウン信号により発生しているのかを検証することを目的としている.この目的のために,感覚減衰課題を実施中の恋人同士の脳波の同時記録(ハイパースキャン脳波)を計画している.通常の感覚減衰課題は,例えば,ボタンを押すことによりビープ音が発生するような,単独の被験者を対象として実施されてきた.本研究課題では,これを二者が協力して行うバージョンに拡張する.このことで,文脈依存的に感覚減衰が生成するかを検証する. 現在までに,経過通りに恋人同士の脳波の同時記録実験を実施し,16組(32名)の脳波計測を完了している.また,脳波データの前処理についても完了している. 当初の予定では,2年間での研究完了を計画していたものの,新型コロナウィルス拡大の影響から,脳波実験の実施に遅れが生じた.この脳波実験では,二人の被験者が手をつないで実験に参加する必要がある.そのため,通常の脳波計測実験よりも,より感染リスクが高いことが危惧される.そのため,感染症拡大状況が小康状態になるタイミングを待って脳波計測実験を実施したため,当初の予定よりも進捗がやや遅れている.
|
今後の研究の推進方策 |
従来の研究において,self-initiated actionに関連してフラッシュ映像やビープ音を提示した場合に,脳波の事象関連電位(ERP)の振幅が減少することが報告されている.この感覚減衰パラダイムを,被験者ペアでのハイパースキャン脳波実験に拡張する.通常の感覚減衰で観察されるERPコンポーネントの減衰が,恋人同士のソーシャルタッチにより発生するかを検証する.通常の感覚減衰パラダイムでは,自分がボタン押しすることによりビープ音を発生させる場合(active条件)と,自分の行動とは無関係にビープ音が発生する場合(passive条件)のERPの振幅を比較することで,感覚減衰の有無を検証する.本研究では,passive条件の代わりに,パートナーがボタン押しすること(partner条件)によりビープ音を発生させる.感覚反応自体を抑制しているのであれば,self-initiated actionに伴う感覚減衰と同様に,partner条件においてもERPの振幅が減少するはずである.一方で,恋人の痛み軽減の結果が情動的な側面での抑制に起因するのであれば,今回の感覚減衰パラダイムでは感覚減衰が発生しないはずである.また,ソーシャルタッチが感覚減衰に寄与していることを検証するため,恋人同士が手をつなぐ条件(hands-hold条件)と,手をつながない条件(hands-free条件)で,感覚減衰パラダイムを実施した. これまでに,脳波データの計測は完成しており,解析段階に進んでいる.上記の仮説検証に向けて,解析を進める計画である.
|
次年度使用額が生じた理由 |
本研究課題では,二人の脳波の同時記録実験を計画した.当初の予定では,初年度中に脳波実験を開始することとなっていたが,新型コロナウィルス感染拡大のため,脳波実験実施を見合わせた.特に,本研究課題で実施予定の脳波実験は,二人の被験者が手をつないだ状態で実験実施する必要があることから,特に慎重な実験実施が必要であった. そのため,十分な感染症対策に必要な環境整備を行うとともに,感染症の小康状態の時期を見計らって,脳波計測を実施する必要があった.このことから研究実施に遅延が生じたため,次年度での使用額が生じている.脳波計測実験は完了しており,今年度中に,脳波データ解析を含めて研究が完了する計画である.
|