スピン波スピン流はジュール熱損失のない電流に代わる流れとして注目を集めており、逆スピンホール効果による電圧検出によるスピン流研究が盛んにおこなわれている。そこで本課題では、ミクロなスピンダイナミクスを直接観測する分光学的手法により、スピン流の存在を実証することを目指す。具体的には、スピン流により右向き進行波と左向き進行波のバランスが崩れた非定常状態を、スピン動的相関関数の波数に関する非対称性として、中性子非弾性散乱により検出する。測定対象は、スピノンがスピン流の媒体となっている擬一次元反強磁性体BaCu2Si2O7を選ぶ。 2021年度は、熱流下での中性子非弾性散乱実験を行い、反強磁性転移温度以上でのスピノンスピン流検証を行った。薄くスライスした単結晶試料は熱電極となる0.5mm厚のアルミ板で挟み、試料ホルダに固定した。高温側熱電極はヒーターで加熱可能となっており、ホルダとは熱絶縁されている。中性子実験に使用する冷凍機において熱流テストを行い、低温側11.5 K、高温側19 Kの温度差がつくことが確認された。この条件下で、J-PARCに設置されたチョッパー分光器で詳細な測定を行ったが、スピノン励起強度に統計的に有意な非相反性は観測されなかった。本研究では、限られたエネルギー・波数空間におけるスペクトル強度の非対称性の検出を目指しているが、この目的のためには、中性子束集光を得意とするJRR-3の三軸分光器が、統計性の良いデータを収集により効率的である。また、試料質量の増大、温度差の増大も、統計性向上には有効である。これらの点に留意して、今後もスピノンスピン流の検証を継続する。
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