研究課題
近年、高圧技術の発達に伴い10万気圧以上の高圧領域において新奇物性の発見が続いている。本研究はそれらの物性研究をミクロ・マクロ両面から行うための15万気圧級小型高圧装置の開発を目指すものである。当該年度は高圧装置の圧力効率の向上と核磁気共鳴測定への応用技術の開発、および、高圧下で新奇物性を示す試料の合成と物性研究に取り組んだ。また、これらの成果について国際会議と国内学会で発表を行った。高圧装置開発では、20トンの荷重に対して15万気圧に到達することを目標とし、アンビルトップの改良を行った。原理的に高圧装置の発生圧力は加圧面積に反比例すると考えられるが、対向アンビル型高圧装置の場合、上下から押しつぶされたガスケットが横方向に変形することで力の一部が逃げてしまう為、理論値よりも圧力効率は悪くなってしまう。そこで本研究では、加圧面積を狭めながら横方向への変形を防ぐ仕組みを新たに開発することで、圧力効率を従来から40%向上させることに成功した。この結果は十数トンまでの荷重に対するものだが、このまま線型的に圧力効率を保つことができれば装置の強度限界を超えずに15万気圧に到達できるという点において重要な意味を持つ。以上の成果については第63回高圧討論会で発表を行い、物性測定だけでなく試料合成への応用が提案されるなど、様々な可能性が期待されている。また、微小コイルを用いた3万気圧までの高圧下核磁気共鳴測定にも取り組み、その成果については国際会議LT29でポスター発表を行った。さらに、高圧測定に用いる鉄系低次元化合物の合成も行い、単結晶試料の作成に成功した。この物質は10万気圧以上で超伝導を示すという報告があることから、開発中の高圧装置を用いて物性測定を行うことで装置の有用性が示せると考えられる。
4: 遅れている
当初の計画では、当該年度の前半までにマクロ物性測定による装置開発の成果発表を行い、後半にはミクロ物性測定についても成果発表を行う予定であったが、現状は1年前後の遅れが生じている。その理由として、前年度までの新型コロナウイルス感染症による作業の遅れに加え、材料価格高騰の影響で機材の破損に慎重にならざるを得なかったこと、また、一回限りの最高圧力を達成するのではなく繰り返し安定して使用できる装置の完成を優先したことが挙げられる。開発途中の装置でも耐久限界まで荷重をかければ15万気圧を達成できる可能性があったが、高圧装置の破損は事故につながる恐れがあり、また、破損した場合に機材を作り直すには予算が不足していた。そこで我々は圧力効率を向上させてより低い荷重で15万気圧を目指すことにしたが、その改良に半年以上の時間を要してしまった。なお現在は、Biの電気抵抗測定による圧力校正で確認した結果、非常に良い圧力効率が得られており、SnとPbの測定によるさらに高圧領域での圧力校正を進めているところである。一方、前年度までに完了している予定であった測定試料の合成については、高温合成できる電気炉を当該年度に導入したことで、目的の鉄系低次元化合物の単結晶の作成に成功した。しかし予備実験としてキュービックアンビル高圧装置による高圧下電気抵抗測定を行ったところ、先行研究で報告されている転移圧力においても超伝導転移は観測できなかった。これには試料の純度が関わっている可能性があるため、現在、改善に取り組んでいるところである。
高圧装置開発に関しては、広い試料空間を確保する技術が完成し、圧力効率を高める仕組みについても良好なデータが得られていることから、現在進めている10万気圧以上の高圧領域における圧力校正が完了次第、成果をまとめて論文投稿する計画である。さらに、ミクロ物性測定への適用例として酸化銅の核四重極共鳴測定による圧力校正や鉄系化合物の核磁気共鳴測定も行いたいと考えている。その際、一部の測定は低温・磁場中で行う必要があるが、多重極限環境下での物性測定の実績を持つ研究協力者にも協力を仰ぎながら、早期に成果を得ることを目指したい。また、高圧測定用試料の合成については、原料の見直しや高真空ポンプの導入に取り組んでいるところであり、これらの改善が整い次第、再度合成に挑戦する計画である。
論文投稿等の成果発表の費用として確保していたが、現在までの成果に加えてより高圧領域の圧力校正データも揃えたうえで発表するための費用として使用する予定である。
すべて 2022 その他
すべて 国際共同研究 (3件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件)