化学分野における真のキラリティの定義は、空間反転に加えて時間反転に基づいて与えられる。これによれば、キラリティは「RPを破り、かつRTを保存する状態(R:純粋回転)」である。時間反転を含めて初めて現れるキラリティを動的なキラリティと呼ぶならば、スピン流はこの特別なキラリティの好例である。興味深いことに、キラル分子を用いた磁気抵抗測定において、鏡像体の入れ替えで符号反転する磁気抵抗が多数報告されている。この効果はキラル誘起スピン選択性と呼ばれており、キラルな原子配列という”静的な”キラリティから、スピン流という”動的な”キラリティを生成する新しい交差物性に位置する。 本研究は化学と物理の横断領域において、化学的知見を固体物性へ導入することで動的キラリティ生成に立脚した新しいスピントロニクス効果を開拓するものである。昨年度はキラルなラジカル・カチオン塩の"逆手"の鏡像異性体における磁気抵抗測定に取り組み、磁気抵抗を観測することに成功した。本年度は磁気抵抗のバイアス電圧依存性を詳細に調べることを目指した。しかし新たな課題として、測定時間経過に伴うラジカル・カチオン塩の絶縁性の低下および電気的な短絡に直面した。この課題を解決するべく、バイアス電圧の印加時間を大幅に減らす試みとして、パルス・デルタモード測定を測定系に統合した。これにより、上述の電気的な短絡を回避しつつ線形・非線形領域における磁気抵抗測定が可能となった。 研究提案時には金属あるいは半導体的な伝導を示すラジカル・カチオン塩のみを対象としていたが、本年度は超伝導体にまで物質群を拡張した。この場合でも、キラル誘起スピン選択性の特徴と整合する磁気抵抗が得られた。現在は参照実験をすすめており、磁気抵抗が結晶キラリティに由来するかどうか精査している。
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