研究課題
エーデルシュタイン効果は、表面界面での空間反転対称性の破れによるラシュバ型軌道相互作用(SOC)に起因する効果であり、非磁性体内でスピン流生成を可能とするため、大きな注目を集めている。本研究では、原子1-2個程度の厚さの2次元超伝導体結晶として、シリコン基板表面上のインジウム原子層およびタリウム鉛原子層を扱う。これらの系はすでに角度分解光電子分光(ARPES)によりラシュバ型のスピン分裂が直接に観測されており、また、系全体が表面界面から構成されるため、エーデルシュタイン効果が強く現れると期待される。本年度はエーデルシュタイン効果発現の前提となるスピン軌道ロッキング現象についてインジウム原子層を対象とした詳細な解析を行った。面内臨界磁場および試料伝導度から求めたスピン散乱時間と電子弾性散乱時間がほぼ等しくなることから、スピン反転を伴う動的なスピン軌道ロッキング効果がこの系で本質的な役割を果たしていることを発見した。これは、従来の理論で予想されていた静的なスピン軌道ロッキング効果とは全く異なる機構である。また、本研究で必須となるシャドーマスクを用いた試料パターニングプロセスを改善し、従来より高い精度でマスクパターンを転写できることを確認した。その他、装置の大幅な改造をおこなった。超伝導マグネットの最大印加磁場を5Tから9Tにアップグレードして、測定領域を広げた。試料を装着するカプセル型測定ヘッドの設計の見直しにより、磁場の掃引中も試料温度を安定化させることに成功した。
3: やや遅れている
本研究においては、申請者が独自に開発した多元極限環境(超高真空・極低温・強磁場)対応の電子輸送測定装置が中心的な役割を担うが、試料作製チャンバーに付属するクライオスタット部分の経年劣化および予期しないトラブルにより、実験を十分に実施することができなかった。現在は装置は復旧しているため、今後研究計画を加速していく。
数百nm程度の微細電極パターンに対応したシャドーマスクを集束イオンビーム(FIB)によって作製し、シリコン基板表面上に成長したインジウム原子層のパターニングを行う。設計通りに転写できたかを確認するためには、STMによる観測が必要となる。このため、STMスキャン範囲を特定位置に誘導するためのマーカーを同時にマスクに加工するなどの工夫を行う。実験成功の鍵を握るのは、スピン拡散長の増大である。実験的にもとめたスピン散乱時間とバンド計算によりもとめたフェルミ速度より、現在の試料の典型的なスピン拡散長は70nm程度と見積もられる。試料作製条件を最適化することで欠陥密度を減らし、スピン拡散長を200nm以上に伸ばす。これらの試料作製技術が確立できれば、エーデルシュタイン効果によって生じたスピン偏極の測定は十分に可能であると考えている。
実験装置のトラブルにより、液体ヘリウムを用いた実験を十分に行うことができなかったことによる。次年度は、試料観測のためのSTMの改造などに使用する予定である。
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Nature Communications
巻: 12 ページ: 1462(1-8)
10.1038/s41467-021-21642-1
Physical Review Letters
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10.1103/PhysRevLett.125.176401