研究課題
本研究は、「位相依存性のないエネルギー変換」の定式化の確立と、その成果を用いて異常気象の発生のメカニズムを解明する事を目的としている。報告者はこれまでの研究により、テレコネクションや波束パターンに対する位相依存性のないエネルギー変換の理論的な定式化に成功していた。これらの成果を基に、異常気象の力学的メカニズムの解明のための研究をさらに進めている。その一環として、熱帯域の海面水温(SST)変動が中高緯度域気候に与える影響の調査を行った。本研究課題における、この研究の位置付けは、これまでの理論研究の成果を異常気象研究に適用するにあたっての「前準備」、という意味も含む。この研究において、大きく2つの成果が得られた。一つは2019/2020年冬季の極東域の記録的な暖冬の発生において、熱帯SST変動が果たした役割を明確にしたことである。二つ目は、熱帯域の大気海洋循環が中高緯度気候に与える平均的な影響を大気循環の熱帯-中高緯度相互作用の力学過程の視点から明らかにした事である。本研究の対象は地球気象にとどまらない。力学的研究の長所は、適用限界さえ間違えなければ、他の惑星の気象現象にも適用が可能なことである。実際、報告者は、これまでの成果をもとに、金星に見られる大気波動の力学的性質を明らかにすることが出来た。そこでは、傾圧性擾乱と呼ばれる、地球であれば移動性高低気圧に対応する波だけでなく、熱を熱帯方向に輸送するという今までの理論では説明できない波動の性質を明らかにすることが出来た。なお、上記の研究の成果は全て、既に国際学術誌に受理され出版されている。
2: おおむね順調に進展している
今までの理論的な研究成果を基に、異常気象の力学的メカニズムの解明のための研究をさらに進めている。その結果、「研究実績の概要」にも記した通り、本年度は大きく2つの成果を得た。まず一つ目の「熱帯域の海面水温(SST)変動が中高緯度域気候に与える影響の調査」について説明する。この研究では、大きく2つの成果が得られた。一つは2019/2020年冬季の極東域の記録的な暖冬の発生において、熱帯SST変動が果たした役割を明確にしたことである。数値シミュレーションにより、熱帯インド洋域、熱帯西部太平洋域、熱帯中央太平洋域の各領域のSST変動が、如何に中緯度に記録的な暖冬をもたらした中高緯度大気循環変動を引き起こしたかを力学的に明らかにした。これは熱帯SST変動が中高緯度大気循環に及ぼす影響を力学的に明らかにし、かつ気候予測精度の向上に資する重要な研究である。この研究は2019/2020冬季というある特定の季節を対象にした研究だが、さらに対象を拡大し、熱帯域の大気海洋循環が中高緯度気候に与える平均的な影響を力学的に明らかにする成果も得ることが出来た。これは、重要ながら今まであまり取り上げられなかった、大気循環の熱帯-中高緯度相互作用の力学過程を明らかにしたもので、今後の気候研究に新たな地平をもたらすものである。本研究の対象は地球気象にとどまらない。二つ目の成果として、報告者は、金星に見られる大気波動の力学的性質を明らかにすることが出来た。そこでは、傾圧性擾乱と呼ばれる、地球であれば移動性高低気圧に対応する波だけでなく、熱を熱帯方向に輸送するという今までの理論では説明できない波動の性質を明らかにすることが出来た。この成果は、金星だけでなく、地球気候・大気大循環の解明に大きく資するものであると考えることが出来る。
今までの研究で得られた「位相依存性のないエネルギー変換の定式化」の成果について、早急に論文化して国際学術誌への出版を目指す。また、本研究で取り扱う「位相依存性のないエネルギー」という観点で、既存の大気循環変動のエネルギー論がどのように変更されるか、または新しく記述出来るかを明らかにする。この課題に関しては非常に精緻な議論を展開する事が要求されるが、本年度はそれに堪え得る新しいエネルギー論の体系の完成を目指す。かなりチャレンジングな課題ではあるが、この「位相依存性のないエネルギー」が広く学術コミュニティに受け入れられるために避けては通れない課題である。また余力があれば、擾乱エネルギーの方程式系における位相依存しない強制項の定式化も目指す。いずれにせよ、本研究課題の成果は非常に斬新で画期的な成果のため、1日も早く学術論文を公開し、学術コミュニティによる評価・批判が必要であろうと判断している。さらに上記成果を基にしながら、本年度は、エルニーニョなど外部要因が大気循環変動にもたらす影響を観測データ解析から定量的に正しく評価することを通じ、異常気象の発生メカニズムを解明することを目指す。これまでの研究における、エルニーニョ発生時の中高緯度大気循環変動の影響調査で用いた渦度強制解析は、やや精度に欠ける側面があった。そこで、本研究での成果である「位相依存しないエネルギー変換の定式」を用いて、より正確で定量的な調査を進める予定である。
2021年度に予定していた国際学会や国内研究ワークショップへの参加を、新型肺炎流行の影響により見送らざるを得なかった事、及び、「研究実績の概要」などで説明した「熱帯域の海面水温(SST)変動が中高緯度域気候に与える影響の調査」などの研究に携わったことで、位相依存性のないエネルギー変換の定式化に関して得られた成果の論文化がやや遅れた事により、次年度使用額が生じた。ただし、メールなどを通じて国際的に議論を展開している事、熱帯域の海面水温(SST)変動の影響評価の研究も本研究の推進に重要である事から、上記事案による本研究遂行への深刻な影響はほぼない。次年度は、位相依存性のないエネルギー変換の定式化の論文化と国際学術誌への出版を喫緊の課題とする。従って、次年度使用の交付金は投稿料などとして使用予定である。また、可能であれば、国際学会に参加を予定している。対面式集会に参加出来るかはやや不透明だが、次年度はオンライン大会などに積極的に参加する。そのための大会参加費などにも次年度使用の交付金を使用予定である。
すべて 2022
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (3件)
J. Geophys. Res. Planet
巻: ー ページ: ー
10.1029/2021JE006957
J. Climate
巻: ー ページ: 997-1008
10.1175/JCLI-D-21-0004.1