研究課題/領域番号 |
20K21084
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
岸田 恭輔 京都大学, 工学研究科, 准教授 (20354178)
|
研究期間 (年度) |
2020-07-30 – 2022-03-31
|
キーワード | 脆性金属間化合物 / マイクロピラー試験 / 転位 / 変形機構 / 力学特性 |
研究実績の概要 |
硬質結晶性材料として知られている金属間化合物材料やセラミックス材料には各種構造材料の強化相としての応用が期待されているものが多数含まれているが,それらの本質的な力学特性に関しては様々な実験・解析の困難さのため実験的証拠が圧倒的に欠如しており,実験結果に基づいた塑性変形機構の理論的検討は十分にはなされていないのが現状であった.本研究では複雑結晶構造を有する硬質結晶性材料の塑性変形機構,力学特性を包括的に記述する新しい理論体系の構築を目指して,セメンタイト相やFe-Cr系σ相を中心とする各種硬質結晶性材料における特異な転位の運動による室温塑性変形能の支配因子の解明を目的とした基礎研究を行っている.令和2年度はFe-Cr系σ相とセメンタイト相を主たる研究対象として,新規機械試験法である単結晶マイクロピラー圧縮試験法による室温塑性変形挙動の荷重軸方位依存性および試験片サイズ依存性の実験的評価を行うとともに,試料表面のすべり線解析によるすべり系の同定を行った.さらに変形後のマイクロピラー試料に対して,透過電子顕微鏡法(TEM)による転位組織観察と高分解能走査透過電子顕微鏡法(STEM)による原子尺度での転位芯構造解析を行い,すべり変形を担う転位の分解反応や転位芯構造といった詳細な特徴を実験的に明らかにした.得られた実験結果をもとに同定した一部のすべり系の転位の転位芯部分での原子の協調運動のモデル構築を試みた.さらに第一原理DFT計算により転位の分解反応の議論のために不可欠なFe-Cr系σ相の弾性率の理論予測ならびにセメンタイト相で見出した活動すべり系に対する一般化積層欠陥エネルギーの理論計算を進めた.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度はFe-Cr系σ相とセメンタイト相を主たる研究対象として,単結晶マイクロピラー圧縮試験を荷重軸方位および試験片サイズの関数として行い,室温塑性変形挙動の実験的評価を進めた.正方晶の対称性を有するFe-Cr系σ相においては,荷重軸方位に依存して4つの異なるすべり系が活動すること,各すべり系の臨界分解せん断応力は1~2GPaと非常に高い値をとることを明らかにした.さらに透過電子顕微鏡法(TEM)による転位組織観察と高分解能走査透過電子顕微鏡法(STEM)による原子尺度での転位芯構造解析を行った結果,同定したすべり系のうちの2つのすべり系ではすべり変形を担う転位の転位芯構造が複数枚の原子層を含む領域内での複雑な協調的原子移動を伴う特異なものであることを確認し,Kronberg博士により同一結晶構造を有するβ-Uにおいてその存在が予測されていたZonal型転位が活動していることを世界ではじめて実験的に明らかにした.今回明らかにしたZonal型転位において協調的原子移動が生じている領域(Shear Zone)の厚さはKronbergにより提案されていたモデルの2倍の厚さであったことから,実験結果を基にして新しい原子の協調運動のモデル構築を行った.さらに転位の分解反応の議論のために不可欠なFe-Cr系σ相の弾性率を第一原理DFT計算により求めた.斜方晶系の結晶構造を有するセメンタイト相では荷重軸方位に依存して5つの異なるすべり系が活動すること,各すべり系の臨界分解せん断応力のサイズ依存性を明らかにした.これらの試料についてもTEM/STEMによる転位組織と転位芯構造の精密解析を行うともに,同定したすべり系に対する一般化積層欠陥エネルギーの理論計算を着実に進めている.
|
今後の研究の推進方策 |
最終年度はこれまでに単結晶マイクロピラー圧縮試験による活動すべり系の同定に成功しているFe-Cr系σ相ならびにセメンタイト相については,まだ十分な転位組織と転位芯構造の解析ができていないすべり系についての実験的解析を進める.また研究対象をFe-Cr系σ相と同様のカゴメ型原子配列構造を有する他の硬質材料,例えばα-MnやLaves相化合物などにも拡大し,活動すべり系とその臨界分解せん断応力の同定をするとともに,転位組織と転位芯構造の詳細な解析を通じてZonal型あるいはSynchroshear型転位の活動の有無を実験的に明らかにする.またFe-Cr系σ相ならびにセメンタイト相についてはまず,第一原理DFT計算による一般化積層欠陥エネルギー(Generalized Stacking Fault Energy(GSFE))の計算を引き続き進める.さらに本研究で新規に提案している一般化積層欠陥エネルギーの拡張概念である,複数原子層からなる領域(shear zone)内での協調的原子移動を再現できるような拡張型GSFE(Generalized Zonal Stacking Fault Energy(GZSFE))の新しい計算手法の確立にも挑戦する.
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初計画では初年度からFe-Cr系σ相ならびにセメンタイト相以外の他の硬質材料についても単結晶マイクロピラー圧縮試験に着手する予定であり,その遂行に必要な消耗品や利用装置のメンテナンス費用等を計上していた.また得られた成果を国内外の学会において発表するための旅費も計上していた.しかしながら令和2年度中は新型コロナ感染症の問題によりそれらの遂行が困難であったため,次年度使用額が発生することとなった.次年度使用額のうち物品費(消耗品費)については,令和3年度当初より着手する他の硬質材料についての単結晶マイクロピラー圧縮試験の遂行に必要な経費として着実に執行する.また次年度使用額のうちの旅費およびその他費用相当分については,現在投稿中である学術論文のオープンアクセス化費用等として活用する.翌年度の予算は基本的に当初計画通りの執行を進める予定である.
|