研究課題/領域番号 |
20K21122
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
柴田 幹大 金沢大学, ナノ生命科学研究所, 教授 (80631027)
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研究期間 (年度) |
2020-07-30 – 2022-03-31
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キーワード | バイオイメージング / 原子間力顕微鏡 / 記憶・学習 / タンパク質 |
研究実績の概要 |
脳機能における記憶の形成メカニズムを分子レベルで解明することは、生命科学において重要な研究課題の1つである。脳神経科学のこれまでの膨大な研究から、カルシウム/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(以下, CaMKII)は、薬理学的実験やノックアウトマウスの実験より、神経細胞内の“記憶タンパク質”と推定され、あらゆる研究手法を用いて、その詳細が調べられてきた。特に、記憶形成の細胞基盤といえるLTPの誘導には高頻度のCa2+刺激を積算する必要があり、CaMKIIがもつ特徴的な12量体構造がその役割を果たすと考えられてきたが、その詳細な分子作動メカニズムは不明であった。本研究は、高速原子間力顕微鏡(以下, 高速AFM)を用い、12量体中の個々のCaMKIIの活性化状態をリアルタイムで可視化することで、“記憶タンパク質”CaMKIIがもつ信号積算(記憶)メカニズムを解明することが目的である。初年度は、これまで高速AFM観察を適用してきたCaMKIIαだけでなく、ハブドメインとキナーゼドメインを繋ぐループ領域が短いshort-linker CaMKIIαに対して高速AFM観察を適用し、ループの長さがCaMKIIの構造やキナーゼドメインの運動に与える影響を明らかにした。また、両方のCaMKIIに対して、Ca2+/CaMの結合、および、ATP添加によるリン酸化状態の可視化を行い、観察バッファー中のCa2+/CaMの濃度を下げて高速AFM観察を行うことで、活性化状態に遷移するCaMKIIの数を制御し、12量体内の、どの位置のサブユニットがリン酸化状態にあり、その時に隣接するサブユニットはリン酸化状態に遷移しやすいのかを調べた。これらの結果を統合して、CaMKIIが持つ信号積算分子メカニズムのモデルを提唱し、論文投稿へ至った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度は、これまでに高速AFM観察を適用してきたCaMKIIαだけでなく、ハブドメインとキナーゼドメインを繋ぐループ領域のアミノ酸配列が短いshort-linker CaMKIαIに対しても高速AFM観察を適用し、ループの長さの違いがCaMKIIの構造やキナーゼドメインの運動性にどのような違いを生むのかを明らかにした。また、CaMKIIの機能を阻害する2種類の阻害剤を適用し、キナーゼドメインの運動性がどのように変化するのかも明らかにした。特に、ATP結合サイトへ結合し、CaMKIIのリン酸化能を阻害する薬剤においては、キナーゼドメインの運動性が低くなることが分かり、キナーゼドメインの運動がCaMKIIの活性化に重要であることが分かった。さらに、計算科学の研究者と共同研究を開始し、得られた高速AFMデータに対してRg解析、MSD解析、PCA解析、および、隣接するドメイン間の相関係数を算出することで、キナーゼドメインが12量体の中心からどれくらいの距離でどの方向へ協同的に運動するのかを定量的に明らかにした。さらに、Ca2+/CaMの結合、および、ATP添加によるリン酸化状態の構造変化を可視化し、CaMKIIの活性化状態ではキナーゼドメインは12量体の中心から遠く離れ、高い運動性をもつことを明らかにした。また、低濃度のCa2+/CaM環境下でCaMKIIの高速AFM観察を行うことにより、12量体内の、どこのサブユニットがリン酸化状態にあり、どこのサブユニットが定常状態のままなのかを高速AFM画像から明らかにし、多量体内において、2個以上のキナーゼドメインがリン酸化状態にある場合は、高い確率で隣り合うキナーゼドメインがリン酸化状態にあることが分かった。
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今後の研究の推進方策 |
初年度は、CaMKIIの12量体構造および、ハブドメイン周りのキナーゼドメインの運動を可視化することに成功した。2年目は、スパイン内の環境を模擬した高速AFM基板条件を検討し、F-actinやAMPA型受容体とCaMKIIとの結合や解離といったタンパク質間相互作用のナノ動態観察を試みる。具体的には、スパインを形作るF-actinをAFM基板上に固定し、そこにCaMKIIや脂質二重膜に再構成したAMPA型受容体を展開する。この時、CaMKIIが、どのような結合様式でF-actinと結合するのか可視化する。さらに、Ca2+/CaMやATPを添加することで、CaMKIIをリン酸化させ(スパイン内部のシグナル伝達を模擬)、AMPA型受容体やF-actinと解離するのか?解離反応が見られた場合は、解離定数等を高速AFM画像から算出する。このように、記憶形成におけるスパイン内部の生化学反応の一部をAFM基板上で再構築することに挑戦し、シグナル伝達の一部始終をナノスケールで直接観察する。
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