研究課題
本研究の目的は、単結晶試料の大きさが数十から数百マイクロメートル程度であるマイクロ単結晶を対象とした高感度な熱容量測定系を構築し、マイクロ単結晶における測定が必要となる系での比熱測定に挑戦することである。固体結晶試料においては、外的な要因または本質的な要因により結晶構造に不均一性が生ずる。外的な要因としては、結晶中における化学組成の不均一性が挙げられる。一方、マイクロ単結晶においては、極めて均質な電子状態が実現している可能性が高いと考えられる。今年度は、化学組成不均一性により比熱測定が困難であった鉄系超伝導体Fe(Se,S)や、Fe(Se,Te)を対象とした測定を実施した。特にFe(Se,Te)においては、Teが10-40%程度の組成は結晶内に相分離が生ずることが知られており、均質な単結晶試料が得られていなかった。これに対して、化学蒸気輸送法により単結晶試料作製を試みたところ、化学組成が均質なマイクロ単結晶を得ることに成功した。これにより、Fe(Se,Te)においては、その超伝導転移温度はTe量に対して下がり、Te30%程度で最小になった後に上昇するということが分かった。更に、FeSeにおける90Kで生ずる構造転移(ネマティック転移)がTe45%程度で消失することが分かった。このFe(Se,Te)に対して比熱測定を行ったところ、電子比熱係数がTe量を増やすと単調に増大することが分かった。
2: おおむね順調に進展している
鉄系超伝導体Fe(Se,Te)のTe低組成域においては均質な単結晶試料が得られていなかった。これに対して、化学蒸気輸送法により単結晶試料作製を試みたところ、化学組成が均質なマイクロ単結晶を得ることに成功した。これにより、Fe(Se,Te)においては、その超伝導転移温度はTe量に対して下がり、Te30%程度で最小になった後に上昇するということが分かった。更に、FeSeにおける90Kで生ずる構造転移(ネマティック転移)がTe45%程度で消失することが分かった。このFe(Se,Te)に対して比熱測定を行ったところ、電子比熱係数がTe量を増やすと単調に増大することが分かった。この原因としては、軌道選択的に電子相関が増大している可能性か、ネマティック転移の終点で電子質量の臨界発散が生じている可能性が考えられる。このことは、Fe(Se,Te)系がネマティック転移が電子状態に及ぼす影響を議論する非常に稀有な系であることを示している。一方、ナノグラム級試料を対象としたメンブレン型高分解能比熱測定装置を開発している。熱量計に不可欠であるアデンダによる測定誤差を飛躍的に改善するため、室温で100nJ/K程度と非常に熱容量の小さいメンブレンをステージとして用いる。このステージに対して、抵抗温度計兼ヒーターとして半導体薄膜を蒸着する。これによりアデンダの寄与を最小限に抑えることができ、ナノグラム級試料の測定も可能となる。
近年提案された、電子系の回転対称性が破れた新奇量子相である電子ネマティック相において回転対称性の破れた複数の等価な構造 (ドメイン)が存在する。実際の結晶中ではそれらが数十マイクロメートル程度以上のドメイン構造を作り出す。通常の測定による情報は複数ドメインからの足しあわせとなり、電子ネマティック相の本質的な性質とは異なる。そこで応募者は、単一ドメインサイズ程度以下の単一ドメイン化した微小単結晶試料における高感度比熱測定を行う。具体的には電子ネマティック相が提案されている銅酸化物高温超伝導体、鉄系超伝導体、及びパイロクロア系超伝導体において、磁場中での比熱の異方性や準粒子励起を検出し、電子ネマティック相の理解を飛躍的に向上させる。また固体結晶試料では、系の基底状態を変化させる主な手法として、格子定数やキャリア数を変える元素置換がある。しかし、置換された元素が結晶試料中で均一に分布していないことがあり、系の本質的な電子相図の作成や励起の検出が困難となっている。一方、ナノグラム級の微小単結晶試料を用いエックス線回折で均一性を評価することで、化学組成の均一な試料の確保ができる。従来、このような微小な試料の比熱測定は試料のサイズから不可能であったが、本研究で構築するカロリメータにより可能となる。具体的には、電子ネマティック相と超伝導相の関係性が明らかになっていない鉄系超伝導体Fe(Se,S)やFe(Se,Te)に対して測定を行い、その電子相図と励起を明らかにする。
本年度は、比熱測定系の構築および低温実験を予定していたが、新型コロナウィルス感染症COVID-19が流行したことに伴い、テレワーク等の措置が大学によりとられた。これにより、実験室における作業が必須となる低温実験の時間が大幅に削減され、それ以外の研究活動に研究時間を割く形となった。従って、低温実験の為に計上していた寒剤費を始めとした消耗品経費が大幅に減った。さらに、学会等もオンサイト開催から、オンライン開催に変更され、その為に計上していた出張旅費が削減された。以上の理由により次年度使用額が生じたが、COVID-19に対する対応は緩和されてきており、次年度は通常通り大学における研究活動が実施できると考えている。当該予算は、低温実験を実施する為に用いる予定である。
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すべて 国際共同研究 (6件) 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 4件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 7件) 学会発表 (19件) (うち国際学会 4件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
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