研究実績の概要 |
本研究課題は、単分子磁石研究で培った合成開発指針を、高次元配位高分子の磁性体“RERF”(希土類-ラジカルフレームワーク)へ適用するものである。RERFは全く斬新な概念である。なぜならラジカルの合成・精製自体に高い有機合成の技能が要求され、また、一般的には高反応性を有するラジカルの環境耐性に問題が予想されていたからである。本申請課題ではこの2点を克服している。 本研究で用いる架橋ビラジカルとしては、従前から合成方法や安定性が十分に理解されている、BPBN系(ビフェニルビスニトロキシド類)を検討した。この物質群は室温においても三重項分子としてふるまうことが期待され、実際に、本課題の準備段階の研究報告であるが、架橋能力ならびに架橋後にも基底三重項を維持することを明らかにした(Chem. Lett. 2020, 49, 1062)。ただしこれは3d金属錯体であった。本課題推進にあたって、3d金属イオンから4f希土類イオンへの展開を進めた。日本化学会春季年会(2021年3月)において、BPBN型のビラジカル2分子を用いた二核ガドリニウム錯体が、基底19重項分子となることを報告した。さらに一次元無限鎖構造を有するものも見つかっており、重希土類イオン Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb の置換体が全て同形結晶を与え、そのうちTbイオンのものが外部バイアス磁場オフであっても磁気ヒステリシスを描くことを明らかにした。また、以上の研究ラインとは独立にTEMPOラジカルとGdイオンとの磁気カップリングの構造物性相関を、DFT計算化学を併用しつつ明らかにすることができた(Inorg. Chem. 2021, 60, 535)。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題推進にあたっては、「概要」の項にも述べたように、3d金属イオンで既に成果のあがっている系に対して4f希土類イオンへの展開を進めた。日本化学会春季年会(2021年3月)において、この種のビラジカル2分子を用いた二核ガドリニウム錯体が、基底19重項分子となることを報告した。これは全てのスピン中心 (2p, 4f) が強磁性的にカップリングしていることとなり、我々が従来から提唱している構造物性相関と合致することがわかった。さらに一次元無限鎖構造を有するものも合成しており、重希土類として Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb が全て同形結晶を与え、そのうちTbイオンのものが外部バイアス磁場オフであっても磁気ヒステリシスを描くことを明らかにした。外部ゼロ磁場では量子トンネル効果により保磁力を持ち得ない単分子磁石が多いのに対し、本系の保磁力の実現には、交換相互作用を導入していることが功を奏したと考えられる。また、ニトロキシド-Gd系において新しい構造物性相関を提案することができ(Inorg. Chem. 2021, 60, 535)、これは今後の作業仮説・分子設計に応用できる知見が得られた。 以上の研究成果について、「希少金属を取り巻く基礎研究と国際マーケットの現況」講演会(近畿化学協会)や「先端化学・材料技術部会新素材分科会」講演会(新化学技術推進協会(JACI))で招待講演を行った。 構造相転移物質群も2p-3d ヘテロスピン系で数多く開発することができ、詳細な磁気化学的、構造化学的、計算化学的研究によりその動作機序を明らかにしてきた。その成果の一部を、Molecules, 2020, 25, 3790 で公表した。さらに総説としてまとめたものを、Inorganics, 2021, 9, 10 に公表したところ、当該号の表紙に選ばれた。
|
次年度使用額が生じた理由 |
R2年度の予算枠としては、論文掲載費用が予算オーバーとなり、その他の消耗品(試薬、器具類)は順調に行使した。一方、旅費を使うことはなかった。R2年度の研究進捗によれば、ラジカル錯体において重要な問題があらたにクローズアップされてきた。つまりラジカル配位子における酸化還元の問題(Inorganics 2021, 9, 10)を解決する必要があることがわかった。電気化学計測の装置類について費用を捻出できるように、R2とR3年度の繰越を計画してその資金に充てる。このような使用計画は、本科研費が「基金」として取り扱えるという制度を有効に活用することと位置付けられる。
|